北国ダンサー物語 1章 第4話 1回目はブルース
5月になり、オホーツクの街にもやっと春が来た感じになった日に、公民館で「黒池ダンスサークル」が開始した。4月の歓迎会に参加できなかった者の中からも「やりたい!」人が出てきた。
千 葉: おおー、河合君、久しぶり! 元気そうだな! そして佳純ちゃんも。相変わらず美人だなぁ。
佳 純::なんもさ。相変わらずうまいねー。(笑)
【人物紹介】
河合義昭:千葉とは高校1年で同級生となってからの付き合い。
藤井佳澄:藤井聡の妻。同級生同士の結婚で、いまもラブラブ。
美 和: ちょっと待ってよ、私たちにはそんなこと、一言も言わなかったわよね、恵美?
千 葉: おおーっとっと。二人も美人に決まってるしょ。
恵 美: たくー! 遅いけど、許しちゃるわ。
そうこうするうちに、寿美が話し始めた。
寿 美: 男性5名、女性3名。このメンバーで、これから8回のレッスンを始めます。お願いします!
全 員:お願いします!
ここでの男性5名、女性3名とは:ー
●男性:藤井聡/内山康夫/加藤誠司/渡辺道夫/河合義昭
●女性:佐藤恵美/渋沢美和/藤井佳澄
正直言うと、こうやって確認しておかないと、自分で誰を登場させているか分からなくなってしまうのです(笑)。
寿 美: 最初は掃除からよ。
河 合: 掃除?
寿 美: そう。最初と最後は掃除。綺麗な床で練習して、綺麗にして次に使う人に渡す。公共の場ですからね。それに、靴下が余り汚れないようにね。
すかさず河合と佳澄がモップで素早く掃除をしてくれた。
寿 美:ありがとう。 次は軽いストレッチです。広がって。
ミッチ: 運動前にあんまりストレッチしない方がいいって、TVでやってたことあるぞ。
寿 美: そうね。いつも運動している人には当てはまるかも知れないけど、そうじゃない人には怪我防止になると思うわ。怪我をしたら、せっかくの企画に参加できなくなるじゃない? でも、こうしましょ。自分で必要ないと思う人はやらなくていいから、終わるのを待っていて下さいね。
そう言われると、結局、全員でやることに。しかし、ラジオ体操より軽そうな、ごく普通のストレッチが始まると、「キツイなー」の声が起こった。イメージしている昔の自分と、まるで違っていることを実感し始めたようだ。
あらゆる動きが年老いているのだった…。
千 葉: お疲れ! ではこれからの8回、合計16時間で、一般的なパーティー・ダンスのブルース、ジルバ、ワルツ、タンゴ、そしてルンバ、チャチャの基本のステップが幾つかできるようにします。
寿 美: そうすると、どこかでパーティーがあっても、少しは楽しめますからね。無理して5種目を目指すのではなく、やれるところまで楽しくやりましょう。今回はブルースです。最初はホールドの説明をします。男女で組んで下さい。 余った男性の所には私とお父さんが入ります。
千 葉: 俺はお前のお父さんじゃないって!
寿 美: はいはい、旦那が入ります(笑)。
千葉が女性役になり、ホールドの説明が終わると、5カップルが横一列に並んだ。
歩き方から始めよう
寿 美:号令に合わせて男性は左足から出ます。女性は右足から後退です。男性が真っすぐ5歩前進したら止まり、次は、女性が左足から5歩前進して戻って来ます。行きますよ。さん、はい!
寿 美:「1、2、3、4、5。今度は女性が左足前進。さん、はい! 1、2、3、4、5」
号令が響いた。しかし、へっぴり腰で動けない者、二人とも蟹股になる者、むやみに動いて相手の足を踏む者が続出し、部屋には悲鳴が響きわたった。ダンスがそんなに簡単ではないと理解させるには、このたったの10歩で十分過ぎる程だった。
千 葉: あれれ、どうしたのかな? 簡単なんじゃなかったっけ?
全 員: …
寿 美: 社交ダンスは二人で踊るし、こうやって向き合って組むと、一人が前進の時、もう一人は必ず後退でしょ? この後退の動きって、ものすごく非日常的よね? 街中で後ろ向きに歩いている人を見かけないでしょ。それほど変なことを、男性か女性のどちらかが行いながら、かつ、不自然じゃないように踊るのよ。
千 葉: みんなも、映画「シャル・ウィ・ダンス」を見たと思うけど、あのハリウッド、リメイク版の女優、ジェニファー・ロペスと話したら…。
河 合: ホントか!
千 葉: ウソだけど、彼女は幼いころからフラメンコ、ジャズダンス、色々やっていたのに、あの映画で社交ダンスに挑戦したとき、「まるで自分が火星から来たようだった。かなり骨が折れた」と話している位なんだ。
加 藤: ホントですか、チャミちゃん先生。
寿 美: ほんとよ。インタビュー記事に出ていたわ。ジェニロペでさえそうなんだから、ここはひとつ謙虚に始めて、徐々に実力を見せて下さい。
どうやら千葉ちゃんたちが話す「インタビュー記事」とは、「Shall we Dance?」オフィシャルブック(白夜書房)のこの部分のようです。
寿 美: ということで、歩き方から始めます。踊るためには、綺麗な姿勢と綺麗な歩き方が必要です。普段の延長で踊らないこと。普段の生活って、結構、体が休んでいることが多いのよ。みんな、一列になって、あっちまで歩いてみて。
みんなが向こうの壁まで歩いて、振り返った。
寿 美: それが普段の歩き方ね。じゃあ、その場でつま先に立って。はい、そのまま。「1、2、3、4、5」。はい、静か~に踵を下ろして……それからこっちに歩いてきて。
すると、みんなの歩き方が綺麗になった。背筋が伸びたのである。みんなからも、「体が伸びてる!」、「綺麗に歩ける!」の声が上がった。
寿 美: たったそれだけのことで、綺麗に歩けたでしょ。つま先立ちすると体が中心に集まるからなの。そうやって、普段の体の使い方から抜け出すのが上達のコツよ。
千 葉: じゃあ、質問だけど、みんな、今、足のどこから歩き始めていた?
ヤ ス: 踵から。
千 葉: じゃあ、つま先から歩いてごらん。
全員がつま先から歩き回ったのを見届けてから、千葉が聞いた。
千 葉: ヤス、踵から出るのと、どっちが歩きやすい?
ヤ ス: 踵からに決まってるべや。
千 葉: そう。踵から出ると体重がつま先に抜けて行くから、前進運動するのに効率的なんだ。でも、つま先で出ると、体重は一度踵の方に戻ろうとするから、前進しにくいんだよ。この理屈を覚えておこう。
寿 美: それを頭に入れて、あっちまで10歩綺麗に歩きましょう。まず、その場でトウに上がってから、「さん、はい!」
全員が横一列になって、向こうまで歩いた。みんな綺麗だった。
寿 美:すごくいいわよ。今度は、こっちにバックしてきて。「さん、はい!」
この時点では誰一人、バックの大変さを予想していませんでした。ジェニロペが一番てこずったのは、きっと、このバックの動きに違いありません。
(つづく)
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)
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