KD35 北国ダンサー物語 5章 第1話 最後の練習日に!

投稿者: | 2024年2月17日

5章 いざブラックプールへ

 第1話 最後の練習日に!

 

 新年になりました。昨年最後の練習で総ての振り付けが出来上がりましたので、1月に入ってからは音楽に合わせて通しの練習をスタートさせました。美和ちゃんと千恵子ちゃんは、新しく振りつけられたシーンを懸命に練習していますし、チャミちゃん先生は突然回ってきた男性役を完ぺきにこなそうと真剣顔です。

 通しの練習はブラックプールへ行くメンバーだけではありません。恵美ちゃんの旦那さんの佐藤さん、母親が心配で行かれない鈴木の昭ちゃん、ブラックプールの時期はフランスのフルマラソンを走る東山の幸子ちゃんも、他の人たちと同じように交代しながら練習をしています。ブラックプールの後で、できれば旭川のパーティーで踊らせてもらう計画なのですから。 

 練習は真剣そのものですが、自分が間違えても他の人が間違えても、みんなで笑うようにしました。笑いには固くなっている筋肉をほぐす効果もありますし、加えて、万が一ブラックプールで踊れるチャンスが訪れた場合、いま笑って練習していることが、想像を絶する緊張からメンバーを救ってくれるに違いないと信じているからでした。

 そんな練習を繰り返しているうちに、1月が終わり、2月が過ぎという風に、あっという間に5月になりました。今は5月中旬の練習が終わった所です。

 

幸 子: 今日のレッスンが最後になります。皆さんと一緒に行けませんが、いろんなポジションを練習できて楽しかったです。これ、絶対日本で踊りたいです。計画がうまくいくことを祈っています。

寿 美: 幸ちゃん、いつ出発?

幸 子: あさってです。フランスについたら1週間ほど旅行してから走ります。

美 和: 頑張ってね。メール頂戴ね。

千 葉: 幸ちゃん、気を付けて行ってね。今日はここまでにしますが、僕たちも出発まで、もう3回、通しの練習で仕上げよう。

全 員: はい!

 

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 それから数日後。出発前最後の練習が始まろうとしているとき、竹本の美樹ちゃんが重苦しい顔で、どもりながら口を開きました。

 

美 樹: み、みなさん…。ご、ご、ごめんなさい。私… 

 やっと声を絞り出すと肩を震わせて泣き出したので、みんなは何事があったのかと、美樹ちゃんの傍に寄りました。

 

寿 美: どうしたの?

美 樹: みなさん…ごめんなさい。本当にごめんなさい。

寿 美: どうしたの?

 

美 樹: 実は、長いこと癌を患っている兄が危ないんです。この1週間が山場だって、今朝、兄の奥さんから電話が…。兄は8つ年上なんですが、父が早くに亡くなったので、家族のために働き、私の面倒を見てくれた親のような存在なんです。

寿 美: 早く行ってあげなさいよ! どこなの?

美 樹: 埼玉。行くとしても、明日の飛行機なんですが…。主人は俺が行くから、お前は、こんなに練習してきたんだからブラックプールに行っておいでって言ってくれるんです。けど、兄の所に行かなかったら一生後悔すると思うし…。でも…、でも…、誓約書も書いたし…。

 

 確かに、みんながサインした誓約書には「親兄弟、親戚に不幸があってもいけない」とありました。

 

千 葉: なにバカなこと言ってるの! 僕らのダンスは所詮遊びだって、いつも言ってるじゃないか。

美 樹: そうなのよね…。所詮、遊びなんですよね…。でも、私の中では、もう遊びじゃない所まで来ちゃって…。
 行きたいです…。みんなと踊りたいです…。私が抜けたら、どれだけ迷惑かけるか分かってるし…。けど、行かれないです…。兄が…。

 

寿 美: こっちは心配しなくていいから!

美 樹: 本当に、本当にごめんなさい。兄の所に行かせてください。

 

寿 美: そんなこと、当たり前でしょ。早く帰って明日の用意しなさい。そして、気を付けて行ってね。

美 樹: 本当にごめんなさい。ごめんなさい。それから勝手ついでで申し訳ないんですけど、私の靴とドレスだけでもブラックプールに連れてってくれませんか?

寿 美: 勿論よ!

 

 背中を丸くして帰る美樹ちゃんを見送ると、ホールは静まり返りました。そんな中、最初に声を出したのは、高校時代もいつも明るく振舞っていた恵美ちゃんでした。

 

恵 美: 私たちブラックプールに行くだけで十分よ!

悠 里: そうよ。ダンスタイムで踊りまくりましょ!それに、旭川のパーティーで、これを踊らせてもらいましょうよ!

さとし: ロンドン見物もできるしな!

 

 それでも、みんなの沈んだ気持ちは、そう簡単に回復しそうもありませんでした。しかし、泣いても笑っても、通し練習は今日が最後です。千葉ちゃんが声を掛けました。

 

千 葉: よし、俺が入る。美樹ちゃんのスカート貸して。本番もこれで踊る!

さとし: やめろ、ばか! 美樹ちゃんのスカートを穢すな!

良 子: そうよ。スカート履かなくたっていいじゃない!

ミッチ: それとも、履きたいのか?

悠 里: えええー! そんな趣味あったの!? 知らなかったわ!

 

 みんなが言いたい放題千葉ちゃんをいじると、なぜか変な元気が戻り、どうにか最後の練習を終えることができました。

 

 美樹ちゃんの穴を埋めるのは千葉ちゃんしかいません。女装するかどうかは別としても…。

 
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)