KD33 北国ダンサー物語 4章第6話 12月に起きたこと

投稿者: | 2024年2月6日

4章第6話 12月に起きたこと

 

 

 千葉ちゃんの入院中にフォーメーションの流れは完全に固まりました。音楽も、Tony Evansの”Pennsylvania 6-5000”(ブルース)とCasa Musicaの”Chilly Cha Cha”で変更なしとしました。あとは、これまでの部分練習を組み合わせ、そこに少しだけ面白みを加えてストーリー仕立てにしたので、あとはブラックプールまでの残り半年、踊り込みするのみです。

 「半年」もあれば、いろんなことができそうに思えますが、それは幻想というもので、初心者(しかも高齢者!)が週2回のサークルで習得できることは限られています。しかも、「何事もなければ」の話です。

 

 通し練習が始まった直後の12月、まだサークル員が揃わないうちに河合君が突然引っ越すことになったと話し始めました。

さとし: なに! 引っ越すって!

河 合: ごめん。札幌のお袋と一緒に暮らすことになって。お袋はこのところ体調が悪く、このままじゃ心細くて年も越せそうにないから、一日も早く来てくれって泣きつかれてさー。

 

さとし: ブラックプールが終わってからじゃ、ダメなのか? お前が抜けたら大変になること知ってるべや。

千 葉: そう言うな。仕方ないじゃないか。ダンスは遊び。家庭や仕事が第一だ。だけど、お母さんは何で札幌? 河合君の住んでる家は、もともとお父さんお母さんの家だべさ。親父さんのお墓もここにあるんじゃないの?

 

河 合: そうだよ。だけど、親父が死んで少ししたら、今まで、ずーっと親父に我慢して生きてきたから、「失った人生を取り戻したい」って、札幌に行ったんだわ。 

 

千 葉: なんで札幌さ。なんでこの街じゃないの?

河 合: なんでも、初恋の人と出会ったのが札幌だったらしい。その人がその後も札幌にいかどうかも、まだ生きているかどうかも分からなかったけど、思い出の場所で暮らしたいって…。おれは、「万が一出会うことがあったって、お互い年取って昔のままじゃないんだから、幻滅するだけだよ」って言ったけどさ。

 

さとし: すっげーロマンチストだなー。

河 合: そして、親父との嫌な思い出を抹消するって、親父の生命保険で札幌に小さな家を買ったってワケ。

さとし: そこは、バッサリだな。

 

河 合: そんなお袋だけど、頼るのは俺しかいないからさ。ほんと、みんなに迷惑かけるけど、許してくれ。

千 葉: 仕方ないよ。また、こっちに片付けなんかで戻ることがあったら、落ち着いて一杯やろうぜ。元気でな。一緒に練習できて楽しかった。ありがとな。

 

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 河合君が帰ると、現実が待ち受けていました。

 

美 和: 河合君のポジション、どうします?

千 葉: 仕方ないなあ。チャミちゃんが入って。

寿 美: ええっ、今から男役! 本番まで練習できる回数ないのよ!

千 葉: だよな。やっぱ俺がやるしかないかなー…。

 

 しかし、サークルの反応は違いました。

 

ミッチ: ダメです。あなたには振り付けという大役がありますから、こ・こ・は、チャミちゃん先生にお願いしましょう!

全 員: そうそう。

千 葉: コ・コ・ワもコーヒーもあるか。お前たちの考えは見え見えだ!また、間違われちゃ困ると思ってんだろ!

ミッチ: お許しください、お代官様。

 

千 葉: ケッ! ということで、君が男性役やってくれ。

寿 美: 頑張るけど…。

 

 

 そこに、少し遅れてヤスが玲子ちゃんを連れて入ってきました。

 

千 葉: おお、ヤス、遅いからどうしたのかって心配してたんだぞ。玲子ちゃん久しぶり! 

玲 子: 皆さん、お久しぶりです。

 

寿 美: 玲子ちゃん、足、もう大丈夫?

玲 子: ええ、4カ月くらいって言われていたのに、途中でまた痛めたりしたもんだから、こんなに掛かっちゃって。でも、もう完全に治りました。

 

寿 美: じゃあ、フォーメーションに戻れば?

玲 子: いやいや。今からじゃ、みんなに迷惑かけちゃうから…。今日は挨拶と見学で。

 

ヤ ス: でも、ブラックプールには一緒に行くから。

寿 美: それなら、なおさら一緒にやりましょうよ。その方が楽しいわよ。ねえ~、あなた、なんか彼女の役を考えてあげて。

 

千 葉: なにが「ねえ~、あなた」だ。一緒になった頃でさえ、そんな甘えた声出したことないのに。

寿 美: えへへ…

 

千 葉: じゃあ、こうしよう。美和ちゃんの所に玲子ちゃん入って。

玲 子: だめよ、そんなこと! 絶対ダメ!

 

千 葉: いいさ。美和ちゃんは一番良く踊れるから譲ってあげて、自分のパートを玲子ちゃんに教えてあげて。

 

 

 全員驚いています。当然です。千葉ちゃんのその考えだと、このようにメンバーが入れ替わるのですから。

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美 和: いいですけど…私は何をすれば…?

千 葉: そうだなあ…。

 

 というと、千葉ちゃんは腕を組んで少し考えてから ―― 

 

千 葉: そうだなあ。「お掃除おばさん…」って役でも作るか! みんなが踊っている間、掃除してるんだ。うん、そうしよう! 目立つぞ。そうだ、衣装はジーパンでいいかもな。

 

 突然湧き出たこの発想に自己満足し、ベラベラ喋り続ける千葉ちゃん。それとは正反対に、美和ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしています 。

 

 他の人たちも「それはあんまりだ」と思っていますが、「先生の決定に文句を言ってはならない」の誓約書があるので、何も言えず目を伏せるだけでした。

 

 その後の練習では、モップを手に、必死に笑顔を作って動き回る美和ちゃんの姿がありました。

 

 そんな美和ちゃんの姿を横目に「何とかしなければ」と、千葉ちゃんは「入院中に固めたアイディア」の練り直しに迫られていました。

 

「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)