KD39 北国ダンサー物語 5章第5話 無謀な冒険の行方

投稿者: | 2024年3月12日

 

5章第5話 無謀な冒険の行方

 

 しかめっ面のMCに何度も頭をぺこぺこしている千葉ちゃんを見て、メンバーたちは流氷のように凍り付いています。すると、ざわつく観客の中から一人、二人と手を叩く者が現れました。黒池ダンサーを応援してくれているのです。それが段々と広がりそうになったところで、MCはそれを制止しました。

 

 再び静まり返り、様子を見守る会場。

 するとMCが千葉ちゃんを連れてステージに上がったものですから、どんな罰が与えられるのかと、誰もが息を呑みました。ブラックプール大会の期間中に、これだけの静けさを経験した人は誰もいないことでしょう。

 

 ところがMCはステージ中央で千葉ちゃんにマイクを渡したのです。

  「えっ?」

 

 次に、MCはステージ端の音響装置に行きました。

  「えっ、えっ?」

 

 大きな、大きなクエスチョンマークが会場の中空に漂う中、MCがおもむろに千葉ちゃんにサインを出すと、にっこり頷いた千葉ちゃんがマイクに向かって話し始めました。

 

  「ここはイギリス」

 

 このタイミングで黒池のメンバーがぞろぞろフロアに入ると、冷やかしか励ましか分からない拍手と口笛も飛び交いました。

 千葉ちゃんのナレーションが続きます。

 

 

  「ロンドン郊外のとあるカフェバー。オーナーの朝の挨拶が始まるところです」

 

 オーナー役の都成の千恵子ちゃんが入って来て、整列したスタッフに挨拶と指示を出してから去っていくと、ナレーションが続きました。

 

 「でも、ここのスタッフは接客よりも遊ぶことが大好き。真面目に働いているのはお掃除のおばさんだけかも知れません」

 

 

 今度は千葉ちゃんがMCに合図を送ると、音楽がスタートしました。MCは舞台に上がる時、千葉ちゃんからCDを受け取っていたのです。

 

 あまりの連携の良さに一番驚いているのは、間違いなく寿美ちゃんでしょう。実は千葉ちゃんは誰にも内緒で、数カ月前からマーカスさんにメールで相談していたのです。彼は、「ダンスタイムをフォーメーションに使う許可は出せないが、もし、一人もフロアにいないようだったらトライする価値はあるのではないか」と返事をくれていたのでした。それなのに、先ほど千葉ちゃんに怒った顔をしていたのは、彼が千葉ちゃんと観客を驚かせるためのドッキリだったのでした。

(お断り:この物語用にマーカスさんのお名前を使わせてもらっています(笑))

 

  音楽と同時にスタッフたちは「遊ぼうぜ!」とジェスチャーをしてブルースを踊り出しました。その6組の間をモップで駆け抜けるお掃除おばさん。

 

 ブルースの終盤では、みんながはしゃぎ回っている所に、オーナーが突然現われ、スタッフが固まってしまう振り付けがありますが、有難いことに大きな笑い声や拍手が起きました。

 この後、曲はチャチャチャに変わり、エンディングを迎えます。このフォーメーションの詳細は省略しますが、幸いなことに、これによく似た構成の動画を見つけたのでそれをご覧になってください。

 

 

 

 そして、フォーメーションが終わると、信じられないことに、スタンディング・オベーションが起こったではありませんか! その嵐のような拍手の中、マーカスさんがマイクを取りました。

 

 

マーカス: ブラックプールの長い歴史の中で、ダンスタイムがハイジャックされたのは初めてのことです。しかし、本来あってはならないことです!

 

 強い語調に会場は静まり返りました。

 

 

マーカス: 私が言いたいのは、ダンスタイムはみなさんがダンスをエンジョイする時間です。見事にハイジャックされるほどフロアが空いているなんて、こんなに悲しいことはありません。

選手を含め、ここにいる皆さんはダンスタイムで踊る楽しみを覚えたのではありませんか? 試合を終えた選手たちは、声援を送って下さった人たちに直接お礼が出来る絶好の機会じゃありませんか。

さあ、初心に帰りましょう! 試合が終わった選手もみんなフロアに出て踊りましょう。自分のパートナーと踊ったら、座っている人たち、周りの人たちを次々誘って踊りましょう。その人が元世界チャンピオンだって構いやしません!フロアを埋め尽くし、ダンスで世界を繋ぎましょう!たちまちフロアはイモ洗い状態になりました。

 

 やがてダンスタイムが終わると、再びマーカスさんが話しました。

 

マーカス:ダンスタイムのハイジャックには驚きました。でも、こんなに混雑しているダンスタイムも私は初めてです! なんと素晴らしい光景でしょう! ビバ、ブラックプール! ビバ、ダンス!

 

 

 拍手の嵐に送られてマーカスさんが舞台を下りると、千葉ちゃんたちが勢揃いしていました。

 

千 葉: マーカスさん、本当に、本当にありがとうございました!

 

マーカス: いやー、僕もエンジョイしたよ。楽しい振り付けでしたね。

千 葉: ありがとうございます!

 

マーカス:ところで一つ質問だけど、「KUROIKE」って何?

千 葉: KuroはBlack、IkeはPond、ブラック・ポンドです。私たちの街は、昔、泥炭で池の水が黒く見えた所からその名前が付いたと言われています。

 

マーカス:それはブラックプールの由来と同じですよ!

千 葉: そうなんですか! 嬉しい偶然ですね! 所で、マーカスさん、一緒に写真を撮らせてもらえませんか?

マーカス: もちろんだよ!

 

 千葉ちゃんは慌てて近くにいる人に携帯を渡してお願いしました。

 <カシャッ>

 

千 葉: もう1枚プリーズ!

外 人: ノー・バッテリー!

 

全 員: ああああー!!

 

 「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)