KD34 北国ダンサー物語 4章第7話 「グー」サインに溢れたホール

投稿者: | 2024年2月14日

4章第7話 「グー」サインに溢れたホール

 今日は12月最後の練習日です。窓の外は雪の寒い夜ですが、暖房が効いたホールで練習できるのですから、有難いことです。

 

 いつもの準備体操から始まりましたが、メンバーの顔は、あの日以来、暗い表情で覆われたままです。それは、美和ちゃんがお掃除おばさん役を命じられた日でした。あの日、泣き出しそうになったのは美和ちゃんだけではありません。美和ちゃんのポジションに入るよう言われた玲子ちゃんも旦那のヤスもすまない思いで泣きたい気持ちでしたし、他のメンバーも目を上げていることができなくなっていました。

 

 暗い雰囲気の準備体操が終わると、千葉ちゃんが静かに話を始めました。

千 葉: なんだよ、この辛気臭い雰囲気は。これじゃ練習にならないじゃないか。

 

 すると、玲子ちゃんたちが割って入りました。

玲 子: あのー、すみません。私、やっぱり抜けようと思います。家の人とも話し合ったのですが、私が入らなければ美和ちゃんは元のポジションに戻れて、それがフォーメーションに一番いいことです。

ヤ ス: 千葉ちゃん、みんなも、悪いけどそうさせてくれ。

千 葉: あのー…。


美 和
: 玲子ちゃん、私は大丈夫よ。

千 葉: あのーってば。


玲 子
: ダメよ、美和ちゃん。

千 葉: あのねぇ。


ヤ ス
: そうだよ、美和ちゃん。俺たちが最初にちゃんと断れば良かったことなんだ。

千 葉: あのーったら。


ヤ ス
: みんな、悪いけどそうさせてくれ。

千 葉: あの、あの、あのー。


ヤ ス
: なんだよ、さっきから!

千 葉: あのー、僕も話してもいいですか?

 

 やっと話すことができた千葉ちゃんでした。

千 葉: お願いですから振付師を無視して話を進めないでくれませんか? それに俺はあの時、美和ちゃんに「目立つぞ」とも言った筈だけど、覚えてないか?

 

 みんなは黙っています。

千 葉: あの日、美和ちゃんに「お掃除おばさん役」を伝えた時、8月以来、カフェオーナー役の千恵子ちゃんに考えてきた振り付けとコラボさせられるんじゃないかと思ったんだ。昨日、やっとその考えがまとまったので、今から説明したいと思うが、聞いてもらえるかなぁ?

 

 みんなは、まだキョトンとしています。

千 葉: 反応がないけど、このようなストーリー展開にしたいんだ。

 

 そして、新しく考えられたストーリーの説明が始まると、一人二人と、メンバーたちの顔が上がり出し、ブルースのパートの説明が終わる頃にはみんなの目が輝き出しました。

 

 やがて、千葉ちゃんの説明が一通り終わると、美和ちゃんはポロポロ涙を流しています。

 

千 葉: 大丈夫か、美和ちゃん。

美 和: 私にも踊る役があるのね? 私も踊っていいのね?

千 葉: 掃除だけと思ってた?

美 和: うん…

千 葉: そんなことするわけないべさ。「目立つぞ」って言ったろ?

美 和: ちゃんと考えてくれたのね…

千 葉: 当ったり前だの?

美 和: (泣きながら)クラッカー…

 

 見ると、千恵子ちゃんも泣いています。

 

千 葉: 大丈夫か、千恵子ちゃん。

千恵子: 千葉ちゃん、私の踊りも作ってくれてありがとう。

千 葉: 当然だろう。いくら何でも、立ってるだけの役じゃ可哀そう過ぎるし、恵美ちゃんからもプレッシャー掛けられていたからなー。

千恵子: 嬉しくて泣けちゃいます。

千 葉: なんなら、俺の胸使っていいぞ。

千恵子: はい。鼻水だけ拭かせてください。(グスン)

千 葉: やめろ。

 

 すると、入り口の方から小さく手を叩く音がしました。みんなが振り向くと、そこには、しきりに頷いている館長さんの姿がありました。あの日から、館長さんの心も沈んでいたのです。

 千葉ちゃんが軽く会釈すると、館長さんは恥ずかしそうに目元を拭ってから、両親指を突き出して「グー」のサインを出してきました。それを見たサークル員全員が「グー」サインのお返しをしたので、ホールの中は無言の「グー」サインの交換が繰り返されました。

 

 

千 葉: ということで、6組とオーナーとお掃除おばさん。これで、今説明したようなストーリー展開で行きます。美和ちゃんと千恵子ちゃんが関係する振り付けは正月明けにはお知らせできるように考えておきます。その他の所は今まで練習してきた通りです。

寿 美: じゃあ、そろそろ今日の、そして、今年最後の練習をしませんか?

 

 寿美ちゃんが声を掛けると、ホールに「はい!」と明るく大きな声が響きました。そこには、なぜか館長さんの声も混じっていました。

 

「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)