KD03 北国ダンサー物語 1章 第3話 ビデオへの反応

投稿者: | 2023年9月29日

北国ダンサー物語
1章 第3話 ビデオへの反応

 

翌日、元3Fの仲間たちは、ぞろぞろと千葉の家に集まった。中に入ると、引っ越し荷物の一部がまだ部屋の隅に積み上げられたままだ。

 
寿 美: いらっしゃい! 昨日の歓迎会、とても嬉しかったわ。有り難うございました。

千 葉: 狭いからギュッと詰まって座って。隣の人をちょしたり、変なことすんなよ。

 因みに、「ちょす」とは北海道弁で「触る」とか「いじる」意味である。

 
さとし: 愛の巣に押しかけて、ごめんね。

千 葉: なんもさ。じゃあ、さっそくだけど昨日話したように、社交ダンスがどんな感じか知ってもらうために、競技会のビデオを見てもらうね。

 

 そして、スタンダードとラテンの競技会の様子が流れると、一斉にどよめきが起きた。なにしろ、華やかな衣装をまとったダンサー達がフロア一狭しとばかりにダイナミックな踊り繰り広げるシーンは誰も見たことがないのだから! しかも、この映像は世界最高峰の競技会、英国のブラックプール大会のものなのだ。

 

寿 美: これは参考として観てね。みんなが「もし」やるとしても、こんなのを目指すわけじゃないけど、それでも二人で踊る社交ダンスは結構大変なのよ。

 

 話しながら、「これで皆が自分たちの話を分かってくれるに違いない」と寿美は思った。しかし誰一人、TVに釘付けになったまま返事をしないので、寿美は繰り返した。

 

寿 美: あー、驚かしてごめんなさいね。これは、あくまでも参考。こんなの目指すわけじゃないのよ。

 

 しかし、甘かった。恐ろしいことに、流れ続ける世界最高峰の踊りを目の前にしているこの連中に、ひるむ様子が微塵も見られない。それどころか、ビデオが火をつけた格好になってしまった。

 

 

加 藤: いいと思うよ。これやるべ。

ヤ ス:これ、やっちゃるか。

ミッチ: こんなんでいいんならな。

寿 美: あな、あな、あなたたち、こんなことすぐにできる訳じゃないのよ! この人たちは3、4才位からやっている人たちばっかりよ。

ミッチ: 心配ない、奥さん。俺たちみんな運動神経いいって言ったべさ。音感もばっちりだしな。こないだなんか、ヤスはカラオケで最高点出したしな。

ヤ ス:まあな。全然心配いらん。

 

千葉も寿美も完全に固まった。恵美が口を開かなければ、二人は永遠に固まり続けていたことだろう。

 

恵 美: ねえ、千葉ちゃん、チャミちゃん。このバカたちの話は置いといて、真面目な話、ダンス教えて下さい。も1回、高校時代みたく、夢中になれる気がするの。私も家を抜け出てくるし。

さとし: そうさ、チャミちゃん教えて下さい。ほら、みんなも頭を下げてお願いしろ。

全 員: チャミちゃん、お願いします! お願いします! お願いしまーす!

寿 美: す、す、すごい意気込みね。どうする、あなた? 協力してあげましょうか。私もまた踊りたい気もするし。

千 葉: どーぞ、どーぞ、ご勝手に。俺は頼まれてなーい。

さとし: そうすねるなって。ついでに教えてくれればいいべさ。

千 葉: バッキャーロー!(大笑) 場所はどうする?

美 和: 公民館だな。冷暖房効くし。

千 葉: それじゃ、みんなの本気度試す意味で、とりあえず、週1回2時間で8回やってみるか? みんなの都合の良い曜日で。

さとし: 火曜の昼1時~3時でいくか? 

加 藤: じゃあ、サークル作るべ。名前は「黒池ダンスサークル」にするか? うん、そうするべ。
 
さとし: お前、一人で決めてるけど、まあ、それでいいか。じゃあ、そのサークル名で、俺、その時間帯が取れるか調べて、みんなに知らせるわ。

千 葉: 頼んだ。みんな積極的だなー。庭作った時みたいだな。

ミッチ:やる気満々さ。

 

会費の支払い方法

 

千 葉:いいことだ。じゃあ「一人1回千円」でいいだろ。
 
 このひと声に全員が「ヒエ~!!」とひっくり返った。
 

全 員: 金とるのか!

千 葉: 当たり前田のクラッカーよ。

余談ですが、「あたり前田のクラッカー」は1962年(昭和37年)から1968年(昭和43年)にかけて放送されたテレビコメディ番組「てなもんや三度笠」の中で、主演藤田まことが使ったCMコピー。番組スポンサーは「前田製菓」。当時のTVコマーシャルは全部「生」だったので、このキャッチコピーもコメディの最中に使われた。

 

もし、あなたの周りで「あたり前田のクラッカー」と言う人がいたら、「昭和の古い人ね」とスルーして構いませんが、暖かい気持ちでスルーしてくれるとうれしいです。

 
ミッチ: なんでよ。おまえ、友達じゃないのか!?

河 合:そうだ、そうだ! 年金受給者から金とるのか!

千 葉: よう言うわ。お前たち、今日び、タダで習えるもの、どこにある? あるなら言ってみろ。

 

全員考え込む。

 

千 葉:ないだろ? しかも、タダに碌なことはない。教える側は必ず教えに行かなくてはと思うけど、習う側は、練習休んでも、途中で抜けても「タダだからいいや」で済む。そうなると、俺たちも嫌になるし、後の付き合いも気まずくなる。結局どちらにも良くないんだよ。

さとし: …安く、しろよ。

千 葉: お前、ねばるなー。けど、考えても見ろ。2時間で千円。1時間500円。二人で教えるから一人頭250円。お前たち、飲みに行ったらいくら使う? 女性だって、お茶してケーキ食べたらいくら掛かる?

ヤ ス: 確かにそうだ…。こいつの話には一理ある。教わるのにただはない。そこで物は相談だが、俺、畑やってから野菜じゃ駄目だべか? 新鮮だぞー

ミッチ: それ、ありだよな。俺、釣りして魚で払う! 活きがいいぞー。

千 葉: だめだ、だめだ、だめだ! 「新鮮」も「活きのいい」も必須だけど、そんなもんばっかり貰っても、食べきれないべや(笑)!

 
すると、美和ちゃんが、

美 和: あのー…「体で」…は?

と、言ったものだから、男性陣は慌てた。

画像
            あくまでもイメージです

 

男たち:しまった、女にはその手があったか!

千 葉:(どもりながら) あっ、そ、それ…後から二人で話し合おう…

 

恵美が続いた。

恵 美: 千葉ちゃん…私も…それで…

千 葉: (どもりながら)体持たないかも知れないけど、後から一緒に話し合いましょうね…

 

ここで、ミッチが突っ込んだ。

ミッチ:千葉、なにが「あとから話し合いましょうね」だ! デレデレした顔で! それに、さっきの「鮮度は必須」は、どうでもいいのか?!

美和&恵美:ミッチったらチョー失礼ね! 踊ってやらないから!

 

大笑いの中、寿美が千葉の頭を叩いて割って入ってきた。

 
寿 美: なにみんなでバカなこと言ってるの。美和ちゃんも恵美ちゃんも、私を目の前にして、ほんと ―― 仲良しなんだから。ところで、公民館の使用料は集めたお金から出すわね。

ミッチ: やっぱ、チャミちゃんは違う。なあ、ヤス? 思ってた通りだな。

ヤ ス:おお。俺たち「チャミちゃんは違う」って話してたんだけど、ほんと、やっぱ違う。チャミちゃんさ、何でこいつと結婚したの?
 
ストレートな質問に、一同、興味津々の顔で寿美の返事を待った。
 
寿 美: …顔?
 
一瞬、時間が停まった。続いて、家が震えるほどの大爆笑だ。

千 葉: なんも可笑しくないべや!

ヤ ス: 靴いるな。旭川に買いに行くか?

千 葉: 話、逸らすな!!

(大笑)

 
寿 美: 靴は、なくて大丈夫。その代り汚れてもいい靴下を持ってきて。靴はいい値段するし、テスト期間だけで終わったら無駄になってしまいますからね。

男たちが叫んだ。「ちょっと、ちょっと、奥さん!
 

部屋の中は元気な高校生が戻ってきたようだった。

 「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)

 

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