FL32 初恋は音楽 15-1.音楽のないアイドル、モハメド・アリ

投稿者: | 2023年5月19日

前回の続きの部分です。

 

目次紹介

“Music Was My First Love”
初恋は音楽

 

15-1. 音楽のないアイドル、モハメド・アリ
      Muhammad Ali       

 

私のモチベーションとなっているもう人物がもう一人います。彼はどう見ても音楽からほど遠いように思えますが、実はそうでもありませ。その人は20世紀のスポーツマン、モハメド・アリ(Muhammad Ali)です! ですが、私はもともと、全くのスポーツファンではないことを知っておいてください。どれだけ速く走るとか、どれだけ高く跳ぶとかに何の関心もなく、そうしたものに私は意味を見出せないのです。

私自身、ダンススポーツのトレーナーです。身体とそのトレーニングという観点からすると、私たちのダンスはスポーツであることは間違いありません。私たちのダンスをスポーツとしてのみ捉えるなら、それは音楽性も芸術的、美的要求もまったくないものになります。ダンスは芸術でありスポーツですから。さて、「芸術的(artistic)」という言葉は「アート(art)」から来ており、よく「人工的なもの(artificial)」に由来すると考える人がいますが、そうではありません。皮肉なことに、今日のダンスでは人工的なものが非常に頻繁に見られるのは残念なことです。

 

スポーツ界には私の情熱を目覚めさせてくれた人が何人かいますが、私がそうしたインスピレーションを受けたのは、彼らの活動からではなく、人柄でした。テニス選手のシュテフィ・グラフ(Steffi Graf)、アイススケートのカタリーナ・ウィット(Katharina Witt)、サッカー選手のギュンター・ネッツァー(Gunter Netzer)や女性水泳選手のフランツィスカ・フォン・アルムジーク(Franziska von Almsieck)などがいます。ある年の欧州選手権の前のことですが、マスコミは彼女が不調に陥っていると報道していましたが、懸命の努力で幾つかのタイトルを獲得して人々を驚かせました。そして、ボクシングのヘビー級チャンピオン、モハメド・アリは、心構え、実践的な体の使い方、そして、心の準備の仕方と言う点から、私の憧れのスポーツマンとなりました。それでも、今もって、ボクシングは私を魅了するスポーツではありませんが…。

アリの場合、私たち少年は真夜中に起きて、父親と一緒にアリの試合を衛星放送で見ていました。なぜって? もともと私たちは「ビッグマウス」が負けるのを楽しみにしていたのです。

 

彼がなぜあのような行動をとっていたのか、その訳を何年も経ってから理解するようになった今にして思えば、敵を威嚇する彼の戦術は非常に巧妙でした。彼のあのようなスピーチにも拘らず、私たちが午前3時に起きてしまう程魅了されたのは何だったのでしょう? もちろん、いくつかの理由がありました。アリの行動はいつもよく考え抜かれていて、パンチは痛そうには見えませんでした。いえいえ、私が彼のパンチを受けても良いと言っているのではありません。彼の若い頃はクイックステップのように、後年にはルンバのように「踊って」相手をやっつけたのには、戦術と準備が伴っていました。コントロールされていないパワーは意味がありません。彼の自伝は、音楽家の伝記を読むのと同じくらい私にインスピレーションを与えてくれました。そこには、残酷なスポーツを芸術に変えた男がいました。

 

彼の生涯の中で最大の傑作は、「ジャングルの決闘(キンシャサの奇跡」で有名な、あのジョージ・フォアマン(George Foreman)との戦いでした。アリのチームはアリに、年齢的な不利、身長差の不利、そして、明らかにアリよりもはるかに強いという事実から試合をしないようアドバイスをしていました。ジョージ・フォアマンはどの試合でも、遅くとも第2ラウンドまでに相手を惨殺していたのです。方やアリは、フォアマンが戦った同じ相手に15ラウンドまで行ったことがあります。しかし、アリはよく心得ていました。彼は「敗者には言い訳があり、勝者には計画がある」をモットーとする戦術家でした。

アリは勝者であるために、予期せぬリスクを冒すことはありませんでした。完璧に準備し、敵を研究し、心理戦に持って行きました。アリの驚異的なスピードと相手の次の動きを予測する能力により、彼はフォアマンから無駄な力を引き出すことに成功しました。フォアマンはアリを激しく殴りましたが、的確なパンチには滅多にならず、フォアマンの方はパンチを外すと、より多くのエネルギーを消費しました。

アリはコンビネーションを使ってフォアマンを第8ラウンドでノックアウトしました。世界はアリの強さを知ったのです。

 

アリには別の側面もありました。彼は米陸軍への入隊通知を受けたとき、兵役を拒否したのです。軍はアリが入隊しやすくなるよう多くの条件を提示しましたが、アリは、軍が彼を若い世代のための広告塔として使おうとしたのを見破っていました。多くの若者が徴兵の基礎訓練を受けるとベトナムに送られることを知っていたので、アリは公の場のインタビューに応じ、こう明言しました:

「ベトコンが私に何ら悪いことをしたことはありません。一方、私は国内では白人と同じ法的権利さえ与えられていません。なのに、なぜベトコンを殺さなければならないのですか?」

彼の入隊拒否とそのインタビューは軍を大きく動揺させ、そのことにより、彼が勝ち取ったすべてのタイトルもボクシングライセンスも剥奪されました。彼は懲役5年を宣告されました。それに対し弁護団は米国最高裁判所において拒否権を行使したので、アリは刑期を全うする必要はなくなりましたが、貯金を使い果たす長い間生活を強いられました。数年後、最高裁判所が判決を修正し、刑が解かれたとき、街頭の人々、特に黒人の人たちの喜びようは凄いものでした。彼は皆のアイドルでした!彼には、勝ち取ってきたタイトルよりも人権の方が大事だったのです。最終的にライセンスを返されると、彼は最初に世界選手権でジョー・フレージャー(Joe Frazier)と戦いました。その試合はポイント差で敗れましたが、その後、2度ジョー・フレイジャーと対戦し、いずれも勝利しました。アリは、それまで誰も成し遂げたことのないことを成し遂げたのです。

彼は、以前よりも更に努力し、以前よりも更に優れた計画と準備をすることで、失ったタイトルを取り戻したのです。「失ったタイトルは二度と戻ってこない!」 の言葉は間違っていると証明されたのです!

私の素晴らしいアイドル、世紀のスポーツマン、モハメド・アリ!

 


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