4章第5話 千葉ちゃん戻る
手術を終えた千葉ちゃんがサークルに顔を出すと、男性郡から湧いた第一声がこれでした。
さとし: 帰って来てくれてありがとう!
加 藤: ほんとだよ、ありがとう!!
「やっぱ、俺は好かれている」と喜ぶ気持ちで、「 お待たせ」と控えめな返事をしましたが、少し違っていたようです。
文 次: チャミちゃん先生に殺されるかと思ったよ。ほんと、助かりました!
さとし: ほんと、死にそうだった!
恵 美: あんたら、「ありがとう」も「助かった」もないっしょ。宿題の張本人はこの人なんだから。
寿 美: ほんとよ。失礼しちゃうわ。
千 葉: あはは。みんな、頑張ったって聞いているよ。さっそく成果を見せてもらおうかなー。
寿 美: 驚くわよ。みんなは「1歩とは何か」を理解してきたし、「呼吸して踊る」も出来てきたのよ。
美 和: だけど、最後の「タコ踊り」は、みんながヘロヘロになっただけで、「何の役に立つのさ」って感じよ。みんなもそう思ったわよね。
悠 里: ほんとよ! 必死こいてやったけど、あれがダンスと何の関係あるのか、説明して欲しいわよ。
千 葉: あれ? 「タコ踊り」してから組んで踊らなかったのか?
悠 里: そんな時間なかった。
千 葉: そっかー。じゃあ、説明する前に、も一回「タコ踊り」をやってもらおうか。
全 員: 絶・対・いやだー!!
悠 里: 何が嫌って、旦那にも見せられないようなへんてこな顔までして、その顔を想像するだけでも嫌なのに、下手したら、他の人たちに見られるなんて、耐えられないわ!
良 子: 屈辱的よね!
千 葉: まあまあ、そう言わず。でもね、へんてこな顔ができる美人って、男には、そこが一層可愛く思えるんだよなー。
女性郡: たくー。早くやりましょ!
と、女性郡は一気にやる気満々となり、全員ヘロヘロになりながら1曲「タコ踊り」をしました。みんなが素直に、必死に取り組む姿に千葉ちゃんは感動しつつも、「やり過ぎてしまったなー」と心の中で反省していました。
「えっ、どいうこと?」
これが若者たちだったら、そんな風には見えないのに、年寄り15名が凄い形相で必死にヘロヘロやっている様子は、まるで地獄絵図でした。
しかし、その後で、みんなにブルースとチャチャチャを踊ってもらうと、踊り終わったみんなの目が点になりました。30個の点となって固まった瞳が千葉ちゃんに向いています。
千 葉: ど、どうした?
全 員: …。
千 葉: どうしたってんだ?? 15匹の大型ウーパールーパーに見つめられている気分だぞ。
悠 里: 踊りやすい…。
幸 子: ビックリしたわ…。
ミッチ: 体が柔らかい…。
佳 純: 膝が柔らかい…。
文 次: 楽に動けた…。
さとし: 体が若返った気がする…。
みんなの思い思いのコメントが出揃った所で千葉ちゃんが話しました。
千 葉: と、そういうことです。
それでもまだ、信じられない様子で立ち尽くすみんなに、千葉ちゃんが手を「パンパン」と叩いて言いました。
千 葉: はい、はい。目を開けて。つまりは、そういう効果を狙った私の天才的なアイディアだったのでした。
誰も相手にしません。
千 葉: ところでさ、入院しててさー、先に白内障の手術した人に話を聞いても、「なんも見えなかった」って言うんだよね。
誰も返事しません。
千 葉: それって、おっかしいよねー。目を開けて手術してんのにさー。
なんの反応もありません。今回の「気づき」に、それどころではなかったのでしょう。
こうして、誰も手術の話を聞いてくれないまま、2018年の11月が過ぎて行きました。
社交ダンスをしている人向けに、今回の「宿題」に関する余談です。
読み落としがあるかもしれませんが、私が読んだ殆どのダンスのテキストには1歩の定義は出ていませんでした。そんな中、アレックス・ムーアの “Ballroom Dancing” にその説明がありますので、ご興味のある方は「1歩 ( Step) の定義」をご覧ください。
また、「呼吸して踊る」もテキストに出てきませんが、世界のトップ・ダンサーのレクチャーでは出てくることがあります。ご興味のある方は、「呼吸するだけでうまくなる」をご覧ください。
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)