G030 ルンバの歴史

投稿者: | 2020年3月9日

今まで調べてきたルンバの歴史を記録します。

 

G030 ルンバの歴史

 

■「熱心なダンサーへ贈る読むダンス用語集」より

★1920年代のピエールの踊りはアルゼンチン・タンゴと初期の形のパソとサンバでしたが、20年代後半にキューバのバンドがパリで新しいルンバという音楽と踊りを教え始めるや、ピエールは飛んでいってそれを修得したのでした。(Concise)

 

★ルンバ・ウォーク
この踊りは、雄鶏の歩く姿、そして雄鶏が雌鳥を追いかけているところから発生し、今日でもそうした世俗的なアクションの幾つかが残っています。足を床に密着させてゆっくりステップし、腰が横に振れます。(ルンバでボールからステップするのは)裸足だった奴隷たちがサトウキビ畑を歩くとき、まず体重をかけずにゆっくり足を出し、鋭い切り口のサトウキビが地面にないかどうか確認してから歩いたからです。また、ステップがゆっくりしているのは、ゴキブリを踏み潰す動きからもきていますし、肩や頭を静かにしておくのは、重いものを頭に乗せてバランスを保っていた奴隷時代の名残です。(S.アイム)

 

 

■Streetswing の情報から (https://www.streetswing.com/)

本来のルンバという言葉はダンスのスタイルに対してではなく、音楽のスタイルに用いられていました。今日のボールルーム・ダンスとしてのルンバは キューバのルンバ ではなく、むしろキューバで踊られていた「ソン(Son/ルンバより遅い)」や「 ダンゾン(Danzon/更に遅い)」からきており、はるかにゆっくりとした、洗練された、実に性行為的なものすごい(ふしだらな)ものでした。このルンバを変形したものが、キューバの中量階級で人気のあったソンで、そのソンを更に遅くしたものがダンゾンなのです。

 

ルンバの原型は200年ほど前、スペインからキューバに輸入されたアフリカ人奴隷によってもたらされたといわれています。そのキューバでは、公然と踊るにはあまりにも乱れているとして次第にその踊りを禁止しましたが、時を経るにつれて禁止令は忘れ去られ、1920年代に少数の人たちが踊り始ると人々はルンバの踊りの存在に気づき始めたのでした。しかし1925年にはマチャド大統領より再び禁止令が出されたのでした。そこには次のように書かれていました ―― 「(アフリカの音楽を指しながら)この種の音楽と“ルンバ”の踊りはキューバの健全な社会習慣や規律に反するものである」 ―― と。いずれにせよ、ルンバの踊りはあまりにも淫らで熱狂的過ぎたためキューバの上流階級で踊られることはなかった、ということも記録として残っています。

 

ソンではコーラス部とバース部に別れており、ソンのダンサーはコーラス部でのみ踊り、クラベスと呼ばれる打楽器が踊りのムードを高めます(もともとのアフリカでのこの踊りはパントマイムのような物だったかも知れません)。この踊りがキューバからアメリカに渡り、変化の時を経て、今日知られるカップルで踊る官能的なルンバに進化したのです。ルンバは「ロマンスの踊り」とも言われます。

 

音楽としてのソンは19世紀後半の時期までにはキューバのアフリカ人社会で形成され始め、そして、アフロ・ソン、ギター・ソン、ソン・プレゴン、とかソン・モンツーノなどを含む幾つかの混種が生まれました。今日人気を博しているサルサ音楽のツールにおいて、たぶんにこのソンが最も重要な形式を取っています。その後、アメリカでの変化と発展の時を経て、このソンが今日ルンバとして知られる二人で踊る官能的な踊りになっていったのです。

 

最初にルンバをアメリカに伝えようとしたのはリュー・クインとジョアン・ソーヤーで1913年の頃でした。その後1923年にエミール・コールマンが、1925年にはベニト・コラダがグリニッジ・ビレッジの「エル・チコ」と呼ばれるクラブで紹介しようとしました。1929年にはラテン・アメリカンへの興味が少し湧き、1930年にドン・アズピアス・ハバナ・カジノ・オーケストラが「南京豆売り(ピーナッツ・ベンダー)」という新しいリズムの音楽をリリースすると、アメリカの新しい踊りとして大いにヒットしました。

 

1930年代になるとラテン音楽とルンバは全米で知られるようになりました。「アメリカン・ルンバ」はその数年前にクインとソーヤーが紹介しようと務めたソンの形式を持っています。カップルで踊るラテン・ボールルームのルンバは「ロマンスの踊り」としても知られています。エロチックな動きの多くは踊りの原型からきており、例えば「ロバの蹄鉄打ち」とか「ロープを登る」とかの仕事や、「農家の庭先での鶏の求愛行為」の形からきています。女性が身にまとう長いひだひだのスカートはめん鶏の羽根を表わし、男性のシャツの袖や胸元のひらひらはおん鶏の首の羽根を表わしたものです。ルンバはフロアーの上で踊り手の技術能力を披露できるすばらしい踊りです。

 

ルンバはしばしば誤って“Rhumba” と綴られることもあります。ジャマイカのメント・ダンスというのはルンバに良く似ています。後にこのルンバはマンボとチャ・チャ・チャに人気を奪われることになります。

 

 

 

■「社交ダンスの踊り方」(玉置真吉著/大泉書店/弐百円)

昭和33年(1958年)発行のダンスの本が紹介するルンバが興味深いので記録として残しておこうと思います。PDFでお読みください。

 

#377 History of Rumba Tamaoki

 

ハッピー・ダンシング!