3章第9話 二人目の脱落者と金縛り解消法
いつものように夜の公民館です。仲間たちが集まると、美和ちゃんが準備体操の前に話し始めました。
美 和: 昨日、上杉さんのご家族から電話があって、純子さんが硬膜下出血で倒れて入院したそうです。
全 員: えええー!
美 和: 大事には至らなかったみたいですが、復帰には半年以上要するみたい。純子さんは、迷惑かけられないから、フォーメーションは諦めると話してるんだって。
寿 美: 大事じゃなくて、とにかく良かったわね。今回はだめでも、あんなに楽しそうに練習していたんだから、早く戻ってこれるといいわね。
人生、いつ何時、何が起こるか分かりません。自分は元気でも、家族に何かがあれば、ダンスが出来ないこともあります。「今、元気にダンスが出来ることは、それほど当たり前のことではないのだ…。」 一人一人がそんなことを感じている様子でした。
千 葉: そっかー…。じゃあ、現実的な話になるけど、フォーメーションの純子ちゃんの所に美樹ちゃん入って。チャミちゃんには抜けてもらって、完全6組の振り付けにするから。
寿 美: あら~、残念。
美 和: だけど、チャミちゃん先生がいるとみんなが安心できるから、なんか役を作ってください。
全 員: そうだよ。
千 葉: 簡単に言うなー。
と言った割にはすぐにアイディアが出たようです。
千 葉: じゃあ…カフェのオーナーって役にしようか。朝礼でスタッフにはっぱかけて、奥に引っ込む。今はそれだけの役。
寿 美: それだけかい! でも、了解!
よって、ブラックプールを目指すメンバーはこのようになりました。
それにしても、5月に玲子ちゃんが足の指を骨折してから、寿美ちゃんには男役をしてもらい、7組でのブルースを練習してきて、いい感じになっていたのに、二人目の脱落者が出てしまいました。これからは一組減ることになります。
少し気落ちしかけていた千葉ちゃんが気を取り戻して言いました。
千 葉: よーし、フォーメーションのチャチャチャには、スリー・チャチャチャを使います。ダブル・ホールドで踊るのは以前のレッスンでやったので大丈夫と思うけど、今日はその変形パターンをやります。
これを聞いて、今日も見学を決め込んでいる館長さんがなぜか頷きました。もしかすると、館長さんはチャチャチャが好きなのかも知れませんね。いっそのこと、サークルに入っちゃえばいいのにね。
そして、千葉ちゃんたちが踊って見せました。
話を物語に戻しましょう。
千 葉: 「チャチャチャ」と3歩ステップする毎に右手同士、左手同士のホールドに切り替え、もう一方を上に突き上げます。
さとし: 全然、楽勝じゃ。
「じゃあ、やってみよう」となり、佐藤さん、昭ちゃん、幸ちゃんたちも入って、少し繰り返し踊ってみましたが、寿美ちゃんの目には納得いかないようです。
寿 美: 足の方はどうにか大丈夫ね。でも、手がね…
全 員: 手が、なにさ?? 全然、できてるしょ?
寿 美: そうかしら。じゃあ、交代して踊って、お互いを見てみましょう。
「そうしましょう、そうしましょう」ということで、半数交代で踊り終わると、寿美ちゃんが聞きました。
寿 美: 他の人たちの手を見て、どう思った?
当然の如く強気の返事が返ってきました。
全 員: 別に…。出来てると思うけど。
これで寿美ちゃんと全員のバトルが開始しました。
寿 美: 全然出来てないわよ!
全 員: どこがー!!
寿 美: ステップはどうにか大丈夫だけど、問題は「手」よ!
全 員: ちゃんとやれてるっしょー!!
寿 美: あれじゃ、わやだべさ!!
ここまでテンポよく、反抗期の子供を演じてきたメンバーでしたが、この一言で、糸が切れた凧のように「へろへろ」失速してしまいました。
ミッチ: あの~、伺いますが、その北海道弁の意味知ってて使ってたのでしょうか?
寿 美: あたり前田の…。
ミッチ: いや、クラッカーじゃなくて。
寿 美: 「わや」って「ぐちゃぐちゃ」とかの意味でしょ?
ミッチ: 知ってんのか―! つまりは?
寿 美: つまりは、あれだと「花咲か爺さん」よ! 枯れ木に花を咲かせるんじゃないんだから、スパッと綺麗に手を上げて頂戴!
「(その手を)離さんか婆さん!」と言ったとか、言わなかったとか…。
ミッチ: くやしいけど、すごく分かり易い例えだな。よーし、も一回やらせてください! みんな、頑張るぞ!
全 員: おー!!
館長のクスクス笑う声が聞こえてきます。
千 葉: じゃあ気合い入れてやるぞ! 花咲か爺さんなしで!
全 員: おー!!
千 葉: さんはい! 「にー・3・チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャ!」、あそれ、「ネーさんも・チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャ!」
全 員: 真面目にやれーー!
今回も 館長さんが椅子から転げ落ちる仕草で反応してくれたので、千葉ちゃんは大満足気です。
やがて終わりの時間となり、簡単な整理運動が始まると、悠里ちゃんが必死にあくびをかみ殺そうとしています。それを見て千葉ちゃんが声を掛けました。
千 葉: 悠里ちゃんどうした? 疲れたかい?
悠 里: 最近よく眠れていなくて…。私、比較的頻繁に「金縛り」にあうんです。毎回、3人の同じ男の人が出てきて怖くて、苦しくて。
千 葉: じゃあ、こんなことやってみる?
ミッチ: 悠里ちゃん止めとけ。こいつのことだから、ろくな話じゃないぞ。
悠 里: 私もそう思うけど、一応聞いてみます。
千 葉: 悠里ちゃんからそれ言われると傷つくけど、今度寝ていて「金縛りにあう」と思ったら、すぐに両手をギュッと握って、心の中で「お前たちなんかに負けない!」と大声で何度か叫んでごらん。次に、ドスを利かせた声で「頼んでもいないのに勝手に人の夢に出てくるなら、金置いていけ!!」って言うんだ。
悠里ちゃんが「やっぱり千葉ちゃんの話は当てにならない…」という顔をしたので、千葉ちゃんが続けました。
千 葉: 昔、これを教えてあげた人がいたんだけど、後で彼女に聞いたら、「寝る前に『お金を置いていけ!』と言ってやろうと楽しみに準備しているのに、あれから、一向に出て来ません」って笑って感謝していたよ。まあ、効くかどうかはわからないけど、試しにやってごらん。
悠 里: 本当ですか! ありがとうございます! やってみます!
笑顔の悠里ちゃんに文ちゃんも嬉しそうです。そこに、ミッチが最後を締めました。
ミッチ: やっぱ、ふざけた話だよなー。そんなもんで金縛りにならないんだったら誰も苦労しないべや。ま、俺もやってみっか…。
他の人たちから「お前もやるのかい!」と大きな突っ込みが入り、今日のレッスンは大笑いで終わりになりました。
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)