「ビル&ボビー・アービンのダンス・テクニック」(白夜書房/神元誠・久子翻訳/2011年)を公開します。原書は2009年に英国のDSI社から出版された”THE IRVINE LEGACY” (Oliver Wessel-Therhorn)です。
書籍「ビル&ボビー・アービンのダンス・テクニック」
第11章 ボビーの金言 ― 女性の役割
Bobbie’s Wisdom: The Lady’s Role
ボビーのレッスンを受けていて、彼女を満足させることは容易なことではありませんでした。事実上不可能でした。そこで私は、一度、彼女に尋ねたことがあります。「どういう風に踊ったら文句を言われず、喜んでもらえますか?」、と。彼女から文句を言われないとしたら、それこそが彼女の最大の褒め言葉なのですから!
私の質問に彼女はこう切り出しました。「とても難しいわね、オリバー!」。この返事は予想していましたが、続いた言葉は私の女性に対する意識を完全に覆したのです。「踊っていてストレスを感じたくないのよ」
さて、ストレスは何かと考えるとき、二通りあると思います。一つ目は、純粋に肉体的なストレスです。つまり、ホールドがきつかったり、男性が女性を押したり引いたりするようなバランスの問題から来るストレスです。つまり、とても窮屈で女性が自分のバランスで踊れないことです。もう一つのストレスは精神的なもので(これはストレートに肉体的なストレスにつながっています)、男性が自分のステップや振り付け、進行方向、あるいはタイミングをよく分かっていないため、不安を感じている場合がそうで、運転の下手なタクシーに乗っている時と同じような不安な気持ちになります。
“ロールス・ロイスの後部座席に座っている ― そんな感じがいいわ。経験豊かな運転手に運転してもらってね。”
そこで私は、「あなたが喜ぶ踊り方を教えてください」と言ったのです。なんと、無謀なことを! その時以来、彼女はそれまでの先生としての役をやめ、私を教えるというよりパートナーとして踊って下さるようになったのです。そして私は、自分自身が作り出す動きがボビーにどのようなリアクションをもたらすか、という事を学んだのでした。
ボビー・アービンを語るとき、多くの人が彼女の、「触らないで!」の言葉を引き合いに出します。その神話を打ち消すことになるかもしれませんが、ボビーがそんな感じに言ったことはありませんでした。よく知っている私が言うのですから、間違いありません。むしろ彼女は触れられたがっていました。しかし、それは、男性が女性に触れるのと同じ感じ、すなわち、繊細に優しくです。ですから、どんな形であるにせよ、捕まえられたり無理やり動かされたりすることを嫌いました。
一部の特別な人たちに次いで、私は彼女によく面倒を見て貰い、彼女から学ぶことを許されていましたので、その影響から、私は女性がするあらゆることを尊重しています。そう言う訳で、これからビル&ボビーから教わった、特にボビーから教わった女性ダンサーの役割や仕事に関するヒント、あるいは考え方と言ったことを要約していきましょう。
女性には自分自身で考えるボディが必要です。女性は女性として何をすべきか、明確に知っていなくてはなりません。男性の動きに反応できるよう、非常に機敏に、敏感にいなくてはなりません。いついかなる場合でも、女性の脚部は男性の脚部の動きより遅い動きをしなくてはなりません。男性がしたいリズムの取り方をフォローして踊るにはこの方法しかないのです。
ボビーの好きだったセリフの一つがこれです。
“ひと組のカップルに花は一つしかないの。男性じゃないわ!”
また、第2章でも詳しく触れた、「男性が動きを起こし、それを女性が完成させる」ということに関してですが、ボビーは次のような表現も使っていました。
“女性のダンサーは最良質の鋼の強さと柔軟性を兼ね備えていなければならない”
“女性は自分がしていることを完全に確信していなければならないと同時に、男性が行おうとすることにしっかりフォローできる感性も備えていなければならない。そうしたパワーと繊細さの絶妙のバランスから素晴らしい女性ダンサーが生まれるのです”
“ひとり一人の女性は優秀でなくてはなりませんが、男性のリードには従わなくてはなりません。男性が正しかろうと、間違っていようと”
“女性は自分のスタイル、ポイズ、そして女性らしさを持ちなさい。ラインに対する感覚、軽やかさ、ラインやムーブメントに対する心からの感情を”
“男性を邪魔することなく、自分の体重移動ができること”
“パートナーからのスピードや静かさに、女性は反応できること”
“自分自身を支える足、そして観客に話しかける完璧な足を持つこと”
― 自分の足に立つ ―
女性が真っ先にやるべきことは、自分の足の上でバランスを取ることです。易しいことに聞こえますが、実は、そうでもありません。なぜなら、足に立つだけではなく、男性からの様々なアクションがバランスを崩す原因となるからです。もちろん、女性自身がフリー・サイドを必要以上にストレッチしすぎたり、スタンディング・フットから外れる所にヘッドを持っていったりして、自らオフバランスを招くこともあります。バランスを取るうえで、ヘッドの位置が自分の動きの中に納まっているという事は非常に重要なことなのですが、多くの女性は、競技会でよく見えるようにするためには、ヘッドを大きく使い、ネックラインを長く使わなければならないと考えがちです。しかし、真実を無視した所には、何もありません。いついかなる時にも、ヘッドはスタンディング・フットの上でバランスを取っていなければならないのです。そのことを、ワルツのナチュラル・ターン前半を例にお話ししましょう。
女性は自分のスタンディング・レッグから外れた所に頭を持って行ってはいけません。女性はナチュラル・ターン前半で男性を通しますが、その時にフリー・サイドがヒップから離れて行くような筋肉の使い方をすると、トップ・ラインが引き離されてしまいます。肩と言うのは、どのような時でも、ヒップから離れてはなりません。このルールはフォックストロットにもクイックステップにもヴィニーズ・ワルツにも当てはまります。しかしタンゴに限っては、ライズ・アンド・フォールがないために、それをしたとしても、さほど問題にはなりません。
スピン・ターンでは、女性は、「前進、前進して自分のバランスに立ち、次に自分のパートナーのウェイトを吸収する」と考えて踊ると良いでしょう。
“そうしたことすべてを合わせて行えば、女性のボディは歌いながらスイングすることでしょう!”
ボールルーム・ダンスの中でもロールス・ロイスと例えられるフォックストロットは、両足が前後に開いた時に創り出される三角形の土台(前方のヒールと後方のトウの上に創り出される三角形)は、バランスのテストに最適です。その一瞬、ウェイトは両足の上に均一になければならないからです。
一般的な “S” カウントの所(前半の減速から後半の加速に変わる)では、男性のリードにフォローして踊りながらも女性の積極性が求められます。しかし、それと同じことを “Q” カウントでも行なってしまうと、自分だけが加速してしまうので注意が必要です。
女性のバランスが崩れると、その度毎に、足のスピードが増してコントロールが効かなくなります。その典型的な例がフェザー・ステップで、女性が後退のステップをしている間にバランスが左外側に外れて行ってしまう事です。女性のヘッドがスタンディング・フットから外れ、バランスが崩れ、左足は次のステップに急いで出て行ってしまいます。頭の位置と言うのは、バランス・コントロールと言う仕事の中で主役を演じているのですから。
“とても上手な女性と言うのは、足でフロアを優しくなでるのよ”
“ヒール・ターンで女性は、ゆっくりと足を閉じます”
“フェザー・フィニッシュで女性は、男性を通り越そうと前方へスイングして行くのよ”
“どの回転運動でも、男性のターンに合わせるのよ”
“女性のボディはいつでもヘッドの下で回転するの”
“女性は男性の脊椎について行き、男性の右手に着いて行き、男性のヒップ・レベルに、そして男性のライズ・アンド・フォールに着いて行くの”
クイックステップでは足を閉じる仕事が優先されます。そのため、トウをとてもよく使わなくてはなりません。ステップを伸ばそうとしたり、フリー・レッグを積極的に使おうとしたりすることはありません。また、パニックを起こさないようにしましょう。偉大なエリック・ハンコックスはボビーに、クイックステップのスイング・ムーブメントを使っている時は、ワルツを踊っていると想像しなさいとアドバイスしました。
レン・スクリブナーはタンゴにおけるポジションについて、“祈り”の形と教えました。もちろんそれは、ウェイトを運んで行くために左脚部の上でリラックスしていなさいと言う意味です。
“左腕は男性の右腕に合わせなさい”
“足はフロアから剥がすように使うのです”
“フォーラウェイ・リバースはただ歩くだけ。積極的にならないで”
“最も大切なことは、静かなトップ・ラインです”
― 女性のためのゴールデン・ルール ―
さて、この章の最後にお送りするのは、ボビー・アービンが残したパーフェクトなレディになるためのゴールデン・ルールです。
・そこにいても、うるさくなく、
・そこにいても、重くなく、
・気配はしても、邪魔にならず、
・そこにいても、見せびらかさず、
・動いても、離れていかず、
・積極的でも、やりすぎず、
・トーンはあっても、固くならず、
・動きを受けても、与えるのではなく
・自分の足の上でバランスを取り、
・ボディの中にダンスを感じ、
・フォローしても、リードせず、
・音楽をボディに浸み込ませてね。
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