IL15 第9章 メイド・イン・アルゼンチン

投稿者: | 2020年5月2日

「ビル&ボビー・アービンのダンス・テクニック」(白夜書房/神元誠・久子翻訳/2011年)を公開します。原書は2009年に英国のDSI社から出版された”THE IRVINE LEGACY” (Oliver Wessel-Therhorn)です。

 

目次

書籍「ビル&ボビー・アービンのダンス・テクニック」

 

第9章 メイド・イン・アルゼンチン
Made in Argentina

 

ビル&ボビーにとってタンゴが特別なものであったことは紛れもありません。専門的なタンゴの解釈をしたことで、金字塔を建てたのですから。1962年に行われたブラックプールの全英選手権では、二人の有名な“ストーク”を披露したのです。非常に小さな動きの中に絶対的なボディ・コントロールがあり、静寂が漂い、だれにも真似できない雰囲気を創り出していました。

(著者のメモ:私の現役時代、主要な大会前には必ずビルのタンゴのレッスンを最後に受けていました。私にとり、正確なタンゴの雰囲気を創り出し、適切な心的状態に持って行ってくれるのはビルだけだったのです。)

 

第1章と第2章では正しいポスチャーを作る方法、そしてホールドの仕方について述べていますが、音楽が変わろうとリズムが変わろうと、そのボディの機能が変わることはありません。そうは言うものの、タンゴには他のダンスとの違いが幾つもあります。その理由はどこにあるのでしょう?

 

ご存じのようにタンゴはラテン・アメリカ(中南米)のダンスです。それがボールルーム・ダンスに入っているのには幾つかの理由がありますが、いずれにせよ、アルゼンチンで発祥し、スイングのない、リズムをベースにするというラテンの特質を持っています。こうした違いは、競技ダンスに関わった人ならだれでも、すぐに気づくことでしょう。

 

  •  タンゴにはスイングはありません!
  •  タンゴには、少なくとも目に見えるほどのライズ・アンド・フォールはありません!
  •  タンゴのステップは1歩1歩置いて行きます!

 

タンゴのステップの説明の中に“スタッカート”という言葉が頻繁に使われます。しかし、「そのステップにアクセントをつける」という風に“アクセント”という言葉を用いる方がより正確でしょう。スタッカートとは音楽の定義で、「短時間における破裂」ですから、それはダンサーが目指しているものではありません。

 

タンゴにはアクセントの利いたシャープなアクションから情熱的で滑らかな動きまでが入り混じっています。タンゴの音楽には、そうした要素が既に含まれていますから、それを実際の踊りの中で表現するには、ある種の調整が必要になります。

 

 

 ― 基本の形 ― 

男女の組む位置は、男性の右脚部の前に女性の右脚部が来るように、15cm程ずらして組みます。また、ベーシック・ポジションの形として、男性も女性も、両足を揃えた所から、足の半分の長さ程、右足を後ろにずらします。

(上)男性のタンゴ・ポジションの形。(下)男女の足のベーシック・ポジション

 

 

女性と組むとき、ビルは人と違うやり方をしていました。彼は、まず左足に立ち、その形のまま女性に自分の左手を取らせました。次に、お互いのボディが寄った所で、自分の右ヒップを女性の恥骨に向けてコンタクトし、それから右足をボディの下に置いたのでした。左足に立った所から始めますから、ビルは右足を前に運んで行って置くわけですが、最終的な組んだ形を見てみると、前述したと全く同じ、すなわち、左足より足半分、右足が後ろになっているのです。

 

タンゴの基本の形

 

このビルのホールドの仕方の利点はどこにあるのでしょう? 彼の方法では、女性には女性のバランスの中で足の上に立っていてもらい、女性を自分の方に引っ張って来るわけではありませんから、女性と組むには、自分のボディを積極的に女性の方に持って行かなくてはなりません。そうすると、男性は前方にバランスが取れた形になっています。一般に見かける方法では、男性が女性を引き込みながら右足を左足後ろに置きます。しかし、この方法では無意識のうちに女性から離れようとする動きが起こる可能性があり、そうなると、タンゴで求められるコンパクトなホールドが、一層窮屈さを増すことになります。

 

男性の右手はスイング・ダンスの時よりも、女性の背中に少し深く回り込んで行きます。女性は左前腕を男性の右上腕の下に置きます。お互いの肘をはめ込むかどうかは、相手との腕の長さにも関係することであり、必ずしなければならないことではありません。

 

前進する方向にボディを集中させています

 

 

― ウォークについて ― 

タンゴのウォークはスイング・ダンスの中に現れて来るウォークとは必然的に異なります。タンゴ以外のダンスのウォークは、スイングを創り出すためにありますが、タンゴでそれが行われることは、いかなる状況下でもありません。しかし、ウォークの一般的な原理は当てはまります。では、この表面的には相反して見えることが、どのようになっているか見て行きましょう?

 

最初にこのことをお話すべきでしょう。左足は常に左鎖骨の下に置き、右足は常に右鎖骨の下に置きます。このことはバランスを維持するために絶対必要なことです。

 

左足前進はCBMP(コントラリー・ボディ・ムーブメント・ポジション、つまり、一つのトラック上)に置き、右足前進は右サイド・リードを使って置きます。このことは、よく知られていることですが、加えて、タンゴの基本形は左へカーブするように作られているという点にも言及しておきましょう。

 

では、実際に練習してみましょう。一般的な前進ウォークはツー・トラック(二つの軌跡)上で行われます。左足を左ボディの下に置き、右足を右ボディの下に置きます。左足も右足もLOD同様、左回りに円周上の方に置きます。そうすると、左足は自動的にCBMPの形に置かれますし、右足は自動的にサイド・リードを使って終わることになります。円周上を前進することに注意を払いましょう。円の中心に向かって進むことではありません。このように前進ウォークをすると、ホールドが左に捻じれてしまうといった広く蔓延した過ちを回避することができます。

 

(写真上)男性左足前進のウォーク (写真下)男性右足前進のウォーク

 

ここにもう一つ、スイング・ダンスのウォークとは異なる重要な違いがあります。覚えておいて欲しいのですが、スイング・ダンスでの1歩のウォークとは両足が閉じた所から始まり、その出た足に後ろ足が閉じる所までを言いますが、タンゴの場合、それが全く異なっているという事を。

 

まず、タンゴの1歩は両足がフラットでフロアにある状態から始まります。1歩目に出る前の準備として、スタンディング・レッグ(上の写真(上)の場合は男性の右脚部)をリラックスさせることで、その脚部を通してボディ・ウェイトが前方へと進み始めます。この時、左足ヒールがフロアから離れ、もはやこれ以上右足の上で体重を維持できないとなった時に、1歩目左足を前方に置きに行きます。その左足が体重を捕えた時点でこの1歩の基本的な動きが完了したと言えます。この時点では、左足の上に体重の約80%が移動し、右足にはまだ約20%の体重が残っていてフロアをプレスしている状態にあります。この右足でのフロアへのプレスは全体重が左足に移動した段階でなくなりますが、その時が来るのは結構後のことです。そのタイミングについて、ビルは次のように正確に述べていました。

 

タンゴは2/4拍子で“1アンド2アンド”とカウントします。“1アンド” も “2アンド” もそれぞれに “S” カウントですが、後ろ足がフロアから離れるのは “アンド” の “ド” の所です。非常に遅いタイミングですが、これはまさに、次のステップへの準備のためなのです! この方法だと、タンゴのウォークでスイングが起きてしまう事も同時に回避することができますし、次の足がフロアに置かれるとき、その脚部の膝から下の動きにアクセントをつけることもできます。こうしたことはタンゴの特性ですから、タンゴを踊る際には必要条件です。

(写真上)完璧なタンゴのプロムナード・ポジション (写真下)風船を使ったプロムナードの練習法

 

 

― 突然止まる ― 

もっともタンゴらしい特徴と言えば、突然止まる動きでしょう。スピードをつけた動きもあればゆっくりとした動き、アクセントのついた動きもあれば滑らかな動きなど、そうした動きの中から突然として、かつ、完全に静止するアクションを創り出す能力が求められます。

 

当然のことながら、この場合の静止とは外見的なものですが、その静止している感じがタンゴの雰囲気を醸し出すのです。ちょうど、目前の獲物を狙っている時のトラの静けさに似ています。像のように微動だしない形で。

 

“不動の静けさなのだ!”

 

 

 

 ― シャープなPP ― 

ベーシック・ポジションの次に大切な形はプロムナード・ポジションでしょう。タンゴが発展して来る中で、素早いプロムナード・ポジションが確立されました。見ている観客も、パートナーの女性でさえ驚くほど素早くプロムナード・ポジションになるのですが、これを行うにはどのようなリードすれば良いのでしょう?

 

難しいことはありません。理論的にはむしろ大変易しいと言えましょう。男性は自分のベーシック・ポジションをわずかに左に回転させるのです。そうすると、両太腿と両足が同じように左回転して行きます。その結果、男性の右腰は必然的にそれまでよりも、僅かに女性の恥骨に近づきます。男性が起こすこうした動きの衝動が女性に伝わり、女性はヘッドをプロムナードに向けることになります。プロムナード・ポジションとは男女のヒップがわずかにV字の形になることですから、男性としてはヘッドを返す必要はありません。一般的には広く行われていますが。一方で、男性は自分のリードの能力を向上させるために意図的にヘッドを返さず、下半身の動きのみに完全に集中して踊るという練習法もあります。

 

プロムナードで両脚部をうまく合わせて動かすための素晴らしい練習法をビルは使っていました。プロムナード・ポジションの形になり、両膝の間に風船を挟むのです。そうすると、風船を落とさないようにするために両膝が内側へと締まり、適切な筋肉が使われるようになるからです。膝の働きと言うものは、片方の膝がもう片方の膝に向けて働きかけ、膝同士が離れて行くような動きはしないという事もしっかり覚えておいてください。この風船を使った練習法は、ライト・ランジにも、セイム・フット・ランジの練習にも効果的です。

 

 

 ― プログレッシブ・リンク ― 

プログレッシブ・リンクでは、男性は右回転を起こして女性をプロムナードにリードしますが、その際、実際の右回転を起こしているのは、男性の左足で行う前進運動なのです。この回転では、骨盤よりも胴体の方がわずかに多く回転するため、前述したのと同じ効果を得ることができるのです。つまり、男性の右ヒップは女性の恥骨部とコンタクトしていますから、そこを通じて、女性がプロムナード・ポジションにヘッドを返す情報が伝わっていくのです。

 

男性が女性にプログレッシブ・リンクのリードをするタイミングについて、ビルは実にシンプルな説明をしていました。プログレッシブ・リンクのタイミングは ‘QQ’ ですが、その長さをモールス信号に例えたのです。 ‘ツー’ の信号は長く、 ‘ツ’ は詰まるように短い信号ですが、それを使って2歩のステップをこう表現したのです。

 

“ツー、ツ!”

 

今日ではなかなか使われなくなりましたが、クローズド・プロムナードもタンゴでは大切な基本要素の一つです。昨今は、距離を伸ばそうとする余りにプロムナード・ポジションの1歩目で前進する人をよく見かけますが、その1歩目はサイド・ステップです。これは、ダンサーが覚えておくべき必須事項です。

 

プロムナード・ポジションから出ようとするときの準備段階はウォークの時と全く同じで、男性の場合だと、右脚部を緩めることです。これで動きを起こします。この瞬間、男性の左足はまだその場でフロアに着いたままですが、フロアに対する左膝から下の角度が変わります。ここまでの部分を “プリペア(用意)!” と呼び、それから左足のステップが行われます。

 

男性の2歩目は右膝から下がアクロスに前進して、シャープに、かつ、正確に置きます。この瞬間は “ストライク(打ち込む)!” と呼ばれています。さて、この2歩目はタンゴのベーシック・ウォークと同じく、体重は右足の上に僅かに長く留まります。次の3歩目左足は、足のインサイド・エッジでアクセントをつけてフロアを捕えます。そのため、この動きを “フリック(ピシャッ)!” と呼んでいます。それから、全体重が左足に移ってから右脚部を閉じてボディの下に持ってきます。これは基本の形の作り方で説明したのと同じです。男性は女性に向けて右足を閉じます。 “クローズ(閉じろ)!”

 

偉大なビルから直接クローズド・プロムナードを教わった人なら誰でも、彼のこの言葉を忘れることはないでしょう。

 

“プリペア、ストライク、フリック、クローズ”

 

 

 

 ― リバース・ターンの足 ― 

リバース系の話に入りますが、左回転するフィガーでは特別な注意を払うようにしましょう。タンゴのウォークは左回転を起こすことから、タンゴの概念として、基本的に左へ回転していく踊りという事が分かります。したがって、左回転が苦手な人には、タンゴはかなり深刻なことになるでしょう。

 

また、非常に重要なこととして、ちょっとしたテクニックが鍵になることがあります。リバース・ターンの2歩目のことですが、これはフォー・ステップやファイブ・ステップの2歩目と同じく、女性のステップはホール・フットで行われます。ホール・フットにするという事は、即ち、その足で進んで行くことはないという意味です。ところが、女性が積極的に出て行こうとする余りに前進のステップをしてしまうものですから、男性とのポジションがずれてしまうことになります。しかし、それは当然の結末なのです。

 

 

 

 ― スピードの変化のつけ方 ― 

主なタンゴの特徴をもう一つ。それは極端なスピードの変化です。ゆっくりとしたスピード、中くらいのスピード、速いスピード、あるいは突然の停止と言う風に、いろいろありますが、そうしたスピードの変化をつけるにはどうすれば良いのでしょう? 答えは意外な所にあります。テンション(緊張)のリリース(放出)によって行うのです。

 

まず、ダンサーの体の中には、すでにある程度のボディ・テンションというものが、筋肉の必要最低限のトーン(張り)から作り出されています。そして、その上に加えられた大きなテンションが突然として放出されると、それがスピードとなって現れます。この場合、直前に加えられたテンションの分だけ放出する所がミソです。

 

弓を例に説明しましょう。弓をいっぱいに引けば引くほど、それ(テンション)が解放されたときの矢のスピードは速いものになります。弓を少ししか引かなければ、矢を遠くに飛ばすことはできませんし、ゆっくり解き放つと、矢は飛ぶことさえできないでしょう。

 

では、その更なるテンションを得るにはどうすれば良いのでしょう? ここで私たちの呼吸を観察してみると、息を吸うと胴体の筋肉は固くなり、その緊張は少しの間保たれています。その緊張を一気に解放すると、つまり、息を吐くと、胴体のテンションは元のレベルに戻ります。このタイミングで、先に述べたプロムナード・ポジションへのリードを行うと、スピードあるプロムナード・ポジションができ上がるのです。そしてそれを行うには、しなやかで順応性のある筋肉が必要とされますが、そうした筋肉を持っていると、筋肉のトーンのシャープな変化を積極的に使いこなすことができます。もし、筋肉にテンションをかけすぎると、かえって、スピードの変化に対応できなくなります。

 

“鞭のようにしなやかに!”

 


(「第9章 メイド・イン・アルゼンチン」おわり)