2014年ダンスファン6月号に掲載されたリチャード&アン・グリーブさんのインタビュー記事を記録します。この記事はダンスファンとDSI社が共同でおこなったダンスファン読者のための独占インタビューです。
(インタビュー/Hannah Moore 写真/Mike Langston 質問作成・翻訳/神元誠・久子)
●オリジナル撮影動画(英語)を見る(※YouTubeは限定公開にしてありますので、ここだけでご覧ください。*This video is ‘limited release‘ for this blog only.)
(以下はインタビューの書下ろし。記事に含まれない話もあります)
リチャード&アン・グリーブ
”踊る自由”を求めて
フリーダム・トゥ・ダンスの活動と未来
ゲストの輝かしい戦歴は全英選手権だけを振り返っても、リチャードさんは当時のパートナー、ジャネットさんと1973~1981年(除く1979)にかけ8度もチャンピオンの座に輝いていましたし、アンさんはジョン・ウッド氏と1989,91,93年に優勝しています。今回のインタビューでは、お二人がダンサーの人権保護を目指して立ち上げられた非営利団体、フリーダム・トゥ・ダンスのことを中心にお話を伺いました。これはダンスファンとDSI社が共同で行なった独占インタビューです。
(インタビュー/Hannah Moore 写真/Mike Langston 質問作成・翻訳/神元誠・久子)
■出場規制はフェアでない。しかも人権問題なのです■
― フリーダム・トゥ・ダンス(以下フリーダム)の現在の状況と2011年に発足した背景について教えてください。
リチャード(以下R):フェイスブックとして現在7000名の登録がありますし、昨年の競技会には213組の参加がありました。この数字には満足していますが、私たちの活動に賛同して下さり、参加数が増えて行くことを望んでいます。
アン(以下A):私たちの理想は世界中のダンサーが協会の枠を越え、一堂に会する世界大会を開催することです。日本では複数の団体が共同開催する大会があり素晴らしいと思っていますが、私たちも同じようなことができれば最高ですね。
R:フリーダム発足の背景ですが、2010年UKオープンで、今後、WDSF主催以外の競技会への出場禁止が発表されました。何も悪いことをしていない選手たちがそうした扱いを受けるのはフェアではないし、オープン選手権には誰でも参加できる権利があります。そこで、自分たちにできることはないかと模索し始めたのですが、その時、誰かからフェイスブックの話しがでました。「それ何?」と聞いている間にフェイスブックが立ち上がると、あっという間に数千人が会員になってくれたのです。実際の所、禁止令で締め出される14,5才の若者たちのために何かしなければと考えていたので、SNSは脈があると思いました。それからあれこれ考え、半年後に競技会を思いつきました。実際に始めてみると非常に多くの人が参加して下さり、今年は4回目を迎えます。
A:この活動を突き動かしている大きな原動力に人権問題があります。1949~51年、欧州議会は人権問題の条約を起草し1998年には英国の法律にもなっているように、人には選択の自由があります。とりわけ、美と芸術性をもつボールルーム・ダンスにおいては個人に対するいかなる規制も行われるべきではありませんから。
― ダンス界は世界的に分裂状態にありますが、フリーダムが立ち上がったことで変化が起きたと感じますか?
A:特に個人の参加規制に関してはある種の圧力団体の役目を果たし、技術的問題は別として、結果的にはその規制を廃することができました。今後どうなって行くかは別の問題になりますが、多くのカップル、多くの国々のお役に立てたと思っています。例えば、アメリカはその典型で、誰でも希望する大会に自由に参加できるようになっています。
R:フリーダムの理念は踊る自由にあります。昨年、WDSFは公式に禁止令を廃止する政治的決断をしましたが、WDSFとWDCの大きな団体の狭間で行なったフリーダムのゆるぎない理念が一石を投じたと思っています。規制を外す外さないは個々の国の判断になり、まだ規制している国もありますが、規制を外した国が出たことは今後の活動にとても勇気づけられる思いがします。
A:ダンサーは踊りの完成を目指しているのであって、政治に興味がある訳ではありません。ダンスの芸術性を高めるために人生をかけて真摯に取り組んでいるのですから、政治問題に巻き込まれたり才能を発揮する場所を邪魔されたりすべきではありません。フリーダムが世界中のダンサーたちのために少しでも状況を改善できたとすれば、私たちはすべきことをしたのだと思います。例え1組だけであっても。
R:現状は二つの団体がそれぞれの道を歩んでいますが、将来的には和解して一つになって両者とも利益を出せるようになり、全世界でダンス・ビジネスが成り立つようにすることが必要だと思っています。
A:競技選手たち全員は協会が一つにまとまっている方が良いと言うでしょう。その方が便利ですしダンスのレベルも上がりますからね。ダンサーが考えるのはダンスのことで、上層部の政治的ごたごたではありませんから。
R:ブラックプールのように100年近い歴史ある素晴らしい会場で踊ることは、多くのダンサーの夢でもあるわけですから、もし両団体が和解せず、若い人たちの出場機会を奪うようなことがあれば残念すぎます。偉大なダンサーたちが踊ってきた場所でもあるわけですから。
■次にくる大きな変化は音楽表現■
― お二人の現役時代の頃と比べ、発展した所、悪くなった所はありますか?
R:難しい質問ですね。私が現役だった80年代と比べると、ボールルームでもラテンでも、カップルたちは非常に大きなエネルギーを持つようになりましたし、スペースの使い方と振り付けの面では大きな発展を遂げたと言えるでしょう。何事も変化するようにダンスも発展し続けることが必要です。それが停止してしまうと芸術性は死に絶えることでしょう。
A:ダンスの歴史の中からパイオニアと言われた人たちが踊っていた一時代を切り取って見てみると、その時代の美と技術が見えてきます。初期の頃はムーブメントのハーモニーが素晴らしく、40~50年代になると足・脚部の美しい使い方に目を奪われます。更に時が過ぎると、背骨の使い方がより垂直にまっすぐになりとても美しかったですし、今日の踊りはリチャードが今、話した通りです。つまり、その時代その時代のクオリティとスキルと共に進んできたのです。当然ながら行き過ぎた場合の修正もあったでしょうが、規制されるとなるとダンスの持つ魅力や美が失われてしまいます。いつの時代にも良くなった面とそうでもない面がありながら、全体的には常に良い方向へと進んでいると思います。
R:では次に進歩するのは何か。間違いなく音楽性に関することでしょう。当然今までも音楽性の進歩はありましたが、ダンスが非常にエネルギッシュになってきたように、これからは音楽に対して、より効果的な演技をする方向に大きな変転がある気がします。
― 現在の競技会で足りないとか失われてしまったものを感じますか?
R:その時代にはその時代の特色があり、何を重要視するかという点が変わってきているのだと思います。初期のダンスではルーティンがありませんでしたから男性が女性をリードする点に重点が置かれ、その上でどのように動きを一つにするかが問題でした。技術が発展して行くと、脚部や足の美しい使い方・見せ方が大きな特色になりました。それからパワーが重要視されるようになり、大戦後はより外に向けて表現するようになって行きました。そして今日は、よりエネルギッシュに、より大きなスペースを作り、創造性に富む振り付けになっている訳です。何かが良くなって何かが悪くなったというより、各人あらゆる面で努力をしているけれども、レベルの違いが出るというに過ぎないと思います。
A:私が女性に思うことは、自分の持つ能力や柔軟性、ソフトで滑らかな動きを失う事のないよう、大きな奥行きのあるスペースを意識して欲しいということです。「ソフト」とは弱々しい否定的な意味合いではなく、動きの中で特に上半身が柔軟に対応しながら、より大きなスペースを作ることができるという意味です。自分で決めた形にいようとするのではなくて。もうひとつ私が非常に重要性を置いていることに背骨の柔軟性があります。そこは肉体表現の核心となり音楽表現に影響を及ぼす部位なので、認識し直して欲しいと思っています。
R:同時に失ってはいけない基本的な事もあります。なんといっても芸術的な美を失ってはいけませんし、音楽性、そして一緒に踊るということ。この3つが失われてしまうと、ボールルーム・ダンスそのものが失われてしまうでしょう。
― 今日のボールルームでもラテンでもスピードを増すためにシンコペーションが多用されていますが、スピードとエレガントさは共生できるのでしょうか?
A:そうは言っても、スピードの前後には非常に大きく柔らかな動きがある訳で、究極のゴールは静けさになるのでしょうね。
R:音楽のクレッシェンドとデクレッシェンドと同じように、コントラストなのです。
A:まさにそれ!そのコントラストとダイナミックさがダンスの真髄だと思うわ。そうよ、それが最終目的ね。スピードとエレガントさは共に助け合っているのよ!
R:踊りの特性に結び付かないステップを使っていると、踊りそのものの興味も失せますし、踊りの起源からそれてしまうようでは発展の意味がありません。シンコペーションを使うのはコントラストがつき、踊りが一層リズミカルで楽しいものになりますから良いことです。ただし、踊りの特性を保つ中での話ですが。
■成功の秘訣。4つのキーワードと1万時間■
― お二人とも非常に素晴らしいチャンピオンでしたが、その成功に最も役立ったことはなんですか? 例えば練習量とか精神面のトレーニングということはありますか?
A:精神面と肉体面の両方あります。肉体面としては、基礎練習は絶対やらなければなりません。やらなければ、間違いなくその上に何も築き上げることができないからです。そういう意味でメダルテストは、子供たちやダンスを始めた人たちに極めて有益なシステムです。基本的な動きを修得した次は、いかにボディを整えて行くか、つまり、スタミナや柔軟性などの問題を考えなくてなりません。
精神面では何をさておき、モチベーションとやり遂げる強い気持ちが最初に来るでしょう。なぜなら、最高に上手なダンサーになりたいと心底思っていたら、そのための練習方法が必然的に見つかる筈だからです。できそうもないと思えることでも、そこに「やりたい」と思う強い気持ちがあるかどうかが問題なのです。精神面は大いに育った環境にも依ると思います。私の母は完璧主義者でしたので私も完璧を求めるようになりましたが、チャンピオンは皆同じだと思います。
以前、「ブラックプールで優勝する方法」というレクチャーをしたことがあります。その準備で幾人ものチャンピオンに質問をしたところ、皆さんから同じような答えが返ってきました。それは、「基礎の練習をしっかりすること」、「動機づけがあること」、「強い願望があること」、そして、「あなたを育て成功に導いてくれる小さなチームを持つこと」でした。チャンピオンになるにはこの4つが必要だと分かって貰えると思います。
R:最近、あの偉大なオスカー・ピーターソンのトリオでドラムを叩いていた人のインタビューを見たのですが、インタビューする人が「勿論オスカーは天才でしたから」と話すと、彼は「天才だったかどうかは分からないけれど、1万時間も練習していましたよ」と言ったのです。私はこの1万時間というのがダンスでも大きなカギになると思います。しかも良い先生の下で。
私にとっても教わった先生の存在は大きく、先生のアドバイスを信じ切っていました。何しろ自らそれを実践し世界チャンピオンや全英チャンピオンになった人たちなのですから。もし「逆立ちしろ」と言われたら、間違いなく逆立ちしていたでしょう。そして私も1万時間練習した一人です。ですから、あなたに素晴らしい才能があったとしても、それをやらなくてはなりませんし、その位の強い決意が必要です。良いダンサーになりたいと強く思い、やり遂げる努力をすることであって、勝つためにどうするかは必要でありません。それは、あなたが行なっていることの結果でしかないのですから。しかし、1万時間の練習はその目的達成のための素晴らしい方法になることでしょう。
■レッスンは自分主体で進めなさい■
― 日本のダンサーへのアドバイスをお願いします。
R:初めて日本を訪れた1970年以来、ずっと日本の人たちの専念する姿に大いに感動しています。それが彼らの原動力にもなっていますが、私のアドバイスは、もっと質問をしましょうです。素晴らしいダンサーになるために何をすべきか、それを知るためにレッスンがあるわけですから、レッスンは、先生ではなく常に自分がイニシアチブを取って進めましょう。以前の日本には幾人もの素晴らしい世界トップクラスの人たちがいました。そうした人たちが築き上げてきた精神的なものを、若手の皆さんが引き継いで欲しいです。
A:日本の競技選手は既にとても美しいショルダー・ライン、姿かたちをしていますので、その先のムーブメント、質の高い自然な動き、体の動きの仕組みなど、そうした方面の理解を深めることが今後の鍵になるでしょう。一般の愛好家の人たちは、とにかく楽しみましょう!
R:実に多くの日本人ダンサーは本当のパワーとは何か、パワフルでリズミカルに踊るにはと言うことより、どう見えるかに集中しすぎています。本当にパワーのある踊りをするカップルが現れるのを楽しみにしています。
■気になるカップル■
― 現在、お二人が一番好きなカップルは?
R:自分、自分が一番好きですよ!今でも上手く踊れていますしね(笑)。私はオスカー・ワイルドの「人を比較するものではない」という言葉が好きですが、それはさておき、現状を見るとUK選手権を5連覇したアルーナス&カチューシャがいますし、ファイナルに残っているカップル全組には更に上達する可能性が見られます。ラテンではマリトスキー組が偉大なチャンピオンとしていますが、すぐ後ろにはアメリカやカナダなどからの素晴らしいカップルが続いていますから、どの組もうかうかしていられませんし精進し続けなければなりません。個人的にはボールルーム、ラテン共に現在セミファイナルに残っているカップルで、本当にいいと思う人たちがいます。まだ未完成なカップルですが、近い将来皆さんの目にも留まることでしょう。
■フリーダムの今年の予定■
R: 5月9日に第4回目の大会を行ないます。音楽はブラックプールでもお馴染みのアシュレー・フローリック率いるオーケストラに加えグラハム・ジョーンズのオーケストラが参加しますし、プログラムにはプロ・アマ競技会もショー・ケースも加わりますので一層楽しくなると思います。数多くの素晴らしいスポンサーの皆さんに、この場をお借りしてお礼申し上げます。
(おわり)
【参考】
※フリーダム・トゥ・ダンスは、2010年に起きた他団体への競技会出場禁止問題を機に立ち上げられた、ダンサーの人権保護を目指す非営利団体。競技会から得られた収益はフリーダム・トゥ・ダンス基金に使われます。5月9日には第4回目の大会を行ないます。
※リチャードさんとジャネットさんは1968年から3年連続で全英アマ・ボールルーム選手権優勝。プロ転向後もただちにファイナル入りし、1973~1981年の全英選手権で8回優勝の記録を打ち立てた後引退。1994年二人に破局が訪れ、リチャードさんはアンさんと結婚。翌1995年には愛娘クレアちゃんが生まれています。
※今年の大会のジャッジ陣は:-
ボールルーム
- Massimo Giorgianni – ITALY
- Stephen Hillier MBE – UK
- Marcus Hilton MBE – UK
- Timothy Howson – UK
- Hazel Newberry MBE _UK
- Tommy Sakuramoto – JAPAN
- Augusto Schiavo – ITALY
- Robin Short – UK
- Kenny Welsh – UK
ラテン
- Gaynor Fairweather MBE – UK
- Alan Fletcher – UK
- Michael Stylianos – UK
- Lyn Harman – UK
- Lorraine – SWEDEN
- Sammy Stopford – UK
- Sirpa Suutari – FINLAND
- Bryan Watson – GERMANY
- Gerd Weissenberg – GERMANY
ハッピー・ダンシング!