今回からダンスウイングの5回目の連載内容を紹介します。さっそくジェレミーさんの話を読んでみましょう。
私とダンスとアレクサンダー・テクニークと
AT20 力まないダンサー
ダンス――遥かにうまくなるための秘訣(Dance Wing 55,5回目記事より)
力まないダンサー
前回は、私たちの意識が動きのみなら哄あらゆる仕草に影響を与える点を見てきました。広範囲にわたる話なので、ほんの一部をさらりと触れただけですけどね。
(2010年)3月には、ダンスウイングとの協賛で社交ダンスをしている18組のカップルとお会いし、動きの研究をすることができました。実に楽しかったです。参加者の皆さんも楽しまれたなら嬉しいことです。そのワークショップでたくさんの実用的なアイデイアが湧き出てきましたので、今回はそれを取り上げて行きましょう。
私がまず一番興味深く思ったのは、思考の質でした。上手になりたい、きちんと踊りたい――それは立派な考えですし良く理解できます。そうした思いが一杯詰まった踊りを見せて貰いましたが、逆説的に言えば、その思いがダンサーを目標から遠ざけていました。
そを理解していただくために、一生懸命踊っているときの心理状態を見ていくことにしましょう。
力一杯踊る
力一杯、努力一杯踊るとどうなるでしょう? 笑顔を作ろうにもしかめっ面っぽくなってしまいます。例えば、嘘をついている政治家の笑顔には不自然さを感じますが、それと同じです。
ダンスで嘘をついてはいないでしょうが、踊りの背後に、ある種の葛藤状態が見えることがあります。上手に踊りたいとの思いに正直に専念しているのでしょうが、バランスのことを考えたり、どこかに不快や痛みを感じたり、次にくる難しい動きのことを考えたりと、自分の中で戦っていることがあるのです。
筋肉の動きに関する科学
筋肉は筋繊維という小さな筋細胞からできており、二種類あります。
ひとつは疲れやすい白い筋肉で、もうひとつは疲れ知らずの赤い筋肉です。長時間立ち続けたり、一日中パソコンの前で座り続けたり、休むことなく筋肉を使い続けなければならないときには赤い筋肉が最適です。
方や、瞬発力を必要とするときなどは、素早く大きな力を運んでくれる白い筋肉が役立ちます。でも、この筋肉は疲れやすく、いったん疲れると、暫く休ませなければなりません。
すべての筋肉はこの2種類からできており、短距離走者には白い筋肉が、長距離走者には赤い筋肉が多い、という風に人によって違いがあります。しかし、私たちには先天的に白い筋肉を赤に変える能力が与えられているのです。驚きですね?
話が面白くなってきましたが、どちらのタイプの筋肉を使うかは、どうやって決まるかご存じですか?
実は、赤と白の使い分けはあなたの思考方法にかかっているのです。
力一杯、あるいは、自分を頑張らせて踊るとき、あなたは白い筋肉を目一杯使いたいと体の組織に告げているのです。そのため、容易に疲れ、踊り続けることが段々大変になり、ついには座り込んでしまいます。これを誤って「リリース(解放)」という人がいます。その人達は筋肉を完全休業にする意味で使っているのですが、そうしてしまうと、結合組織(靭帯、筋膜、腱組織など)が体を支えようとするため、むしろ心地悪く、局所での痛みを伴ってしまいます。
(「ダンス――遥かに上手くなるための秘訣」第5回記事から)
今回の「力まないダンサー」は英語 ”The Effortless Dancer” を日本語にしたものです。良い意味での「頑張らない・力まない」という気持ちで「力まないダンサー」にしました。あの日から、他に適訳がありそうな気がしたまま今日に至っていますが、案外気に入っているのも確かです(笑)。
余談ですが、この原稿を翻訳しながら思い出していた女性がいました。このLPジャケットの赤いドレスの彼女です。
購入当時から彼女の「睨む」ような目つきが気になっていたのですが、ジェレミーさんの原稿を読むうちに、彼女は睨んでいるのではなく、目に力が入っているのだと分かってきました。そうすると、彼女のボディにも右腕にも力が入っているのが見えてきました。そして「睨む」と「見る」が違うように、ダンスで「その形をする」と「その形になる」という行為の違いが少しずつ分かりかけてきました。
ダンスウイング連載記事に「ダンス―遥かに上手くなるための秘訣(Secret Ingredients of Great Dancing Technique)」のタイトルをつけましたが、これまで紹介してきた記事を読んだ多くの人が、考え、そして、自分の体を観察することで、自分の中に「変化」を感じ始めていたと思います。
事実、記事への反響がとても大きかったので、(ジェレミーさんの本文にもありますが)アレクサンダー・テクニーク体験を目的に、ダンスウイング(スタジオひまわり)とボディ・チャンスが共催でワークショップを開催しました。2010年3月のことです。場所は品川のシーバンスホール。
ジェレミーさんの話に耳を傾ける参加者たちからは、ものすごい熱気が感じられました。そして、彼のちょっとしたアドバイスで競技選手たちの踊りが瞬時に変わるのを見て、周りの人たちは声を上げて驚いていました。勿論、一番驚いたのは当の本人たちです。
考え方を変えるだけ、意識する場所を変えるだけで、それまで踊りにくかった問題が解消されただけでなく、踊りの質が一気に向上してしまったのですから。
そうした光景を愉快な気持ちで見ている私がいました。今、思い出しても、実に良い経験でした。
次回は、赤い筋肉と白い筋肉を感じることができる、ちょっとした実験が用意されていてます。お楽しみに!
私も楽しみです!
(つづく)
「私とダンスとアレクサンダー・テクニークと」目次
- AT01 不思議な出会い
- AT02 潜入調査開始!
- AT03 ショッキングな体験
- AT04 筋肉を意識的に解放する
- AT05 パートナーは二人必要?
- AT06 動きの原理を知っていますか?
- AT07 あらゆる動きはどこかに影響を与えている
- AT08 原理2と3
- AT09 頭部の動きは脊椎運動を支配する
- AT10 私も魔法を手に入れました!
- AT11 良く出来たときは案外変に感じる
- AT12 頑張らなくていい
- AT13 頑張らなくていい例文
- AT14 当てにならない感覚
- AT15 7つの古典的な誤り
- AT16 自分を世界の中心に置く
- AT17 内なるダンスに向けて
- AT18 協調運動
- AT19 動的な動き
- AT20 力まないダンサー
- AT21 さあ、実験!
- AT22 背骨の可動範囲
- AT23 失われた第6感
- AT24 判断基準が自分にある危険性
- AT25 最終話 難しいのはあなたの古い習慣
- AT26 ダンサーのためのアレクサンダー・テクニーク