KD14 北国ダンサー物語 2章第7話 とんかつ屋で
昨日のレッスンの後でさとしちゃんから「明日、とんかつでも一緒に食おうぜ」と誘われ、いま、千葉ちゃんたち4人が、とんかつ屋に向かって歩いている所です。海風が気持ち良い日です。
4人で歩いていると、さとしちゃんと佳純ちゃんから、どこか「ルンルン」気分が伝わってきます。きっと、二人の頭の中はダンスのことを考えているに違いありません。
さとし: やっぱ、千葉ちゃんさ、ダンス始めてから体調いいわ。な。
話を振られた佳澄ちゃんも即座に同意しました。
佳 純: 私、ダンスして良かったって思うことに、肩凝りが治ったこともあるのよ。
と、嬉しそうです。
寿 美: それは良かったわね。私たちも、ダンスをしている人から、「体調がよくなった」とか「医者通いをしなくなった」など、いろいろ聞いたわよ。でも、それって、ある意味当然で、姿勢が悪いと、内臓を圧迫するから、体に悪いのよね。ダンスで姿勢が綺麗になると、内臓は不要な圧迫から解放されてちゃんと働いてくれるからね。だから、佳澄ちゃんの肩こりが直ったというのはとても納得できるわ。
千 葉: 東京にいたとき、「今日は血圧が高くて調子が悪いの」と辛そうにしていた人に、「両手をあげて左右に振る」体操を勧めたら、少しして、「あら、下がったみたい」と元気を取り戻した ―― なんてこともあったなー。
さとし: 「両手をあげて左右に振る」だなんて、お前の例えは、いちいち、なんか変だよなー。
千 葉: 照れちゃうなぁ。
佳 純: いや、褒められてないと思うけど、でも、面白そう。今度、肩凝ったら、それやってみるわ!
千 葉: 佳純ちゃんて、さとしと違って、いい人だなぁ。
さとし: 照れちゃうなぁ。
皆、大笑いです。
寿 美: ダンスが健康に良いという医学レポートもあるのよ。だけど、実際に元気になった人が周りにたくさんいるんだから、医学レポートがなくても、十分証明されてるのよね。
そうこう話しているうちに、とんかつ屋に着きました。さとしちゃんが先頭を切って店に入りました。
さとし: ちわっ!
大 将: らっしゃい! おや、今日は4名さん? もしかしたら、こちらが噂のダンスの先生?
さとし: どうして分かった?
大 将: 当たりました? 姿勢が違いますからねぇ。
千葉と寿美ちゃんは照れながら挨拶をしました。
大 将: まあまあ、お座りください。テーブルがいいですよね?
さとし: 4人だからテーブルにするわ。
と返事をしながらカウンターの隅で食べている人をちらっと見ると、どうやら、この街の人ではなさそうです。そこで大将にめくばせすると ――
大 将: この人、なんでも、北海道を自転車で回っているんだって。大したもんだよねー。
さとし: そうなんですか。凄いですね。でも、なんで黒池町なの?
旅 人: 実は、ここに来る前にネットを見ていたら、誰かが「北海道を回るのなら黒池町へ行ってみては? ほんわか面白い体験が待っているかも知れませんよ」って書いてあったんですよ。その人、きっと心に残る体験をしたんだろうなぁと思って。
さとし: そうなんですか。住人としてなんか嬉しいなぁ。
佳 純: ここのとんかつ、美味しいでしょ?
旅 人: はい。北海道は何食べてもおいしいけど、ここのとんかつは格別うまいです。
「それはよかった」と話していると、大将が注文を聞いてきました。
大 将: 何にします?
さとし: 俺はいつものだけど、みんな、何にする?
千 葉: 任せた。
佳澄ちゃんも寿美ちゃんも「任せるわ」と言うと、旅人が入ってきました。
旅 人: ですよね。ここのカツ、美味しいですからね!
それはちょうど、さとしちゃんが「じゃあ…」と、まとめて注文した時でした。
さとし: じゃあ、いつもの「味噌ラーメン」4つ。
大 将: へい! 味噌4つ!
これを聞いた旅人は「えええ~!!」と叫び声をあげました。
その拍子に、口に入れたばかりのとんかつがテーブルに飛び出し、そこから、床に転げ落ちました。
旅 人: ラ、ラ、ラ、ラーメンも、やってるんですかーー!
大声で聞きました。
大 将: いいえ…。
実にそっけない返事に、旅人は再び絶叫。
旅 人: えええ~~!!
大 将: 気にしないでください。これは、いつもの遊びなんですよ。「ラーメン」と言われても、お出しするのは「カツ定食」なんですよ。驚かせちゃいました?
旅人は、激しく咳込みながら、
旅 人:こ、こんなふざけた店、初めてですよ。この店、この街、ちょっと変過ぎてませんか?
と笑うのでした。
さとし: 驚かしてごめん。一切れ、床に落ちちゃったね。おにいさん、今日は僕の奢りにさせてもらうから許してね。
旅 人: えええ~~!! 見ず知らずの僕に奢ってくれるんですか!
若者は「ありがとうございます」と言いながら、「この街もこの人たちも少し変わってるけど、あのブログは正しかった」と思うのでした。
黒池町を好きになった人が一人増えたようです。
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)