FL09 初恋は音楽 7. 音楽なしじゃどうにもならない

投稿者: | 2022年12月9日

私は競技会と無縁なので分かりませんが、オリバーさんは「コーチが音楽を無視してよいとアドバイスしている」と話しています。あなたの周囲はどうですか?

 

目次紹介

“Music Was My First Love”
初恋は音楽

 

7. 音楽なしじゃどうにもならない
 Nothing Works Without Music 

運転免許を取り自分の車を持ってからというもの、車の中では音楽を聴くのが義務的なほどに常習化しました。最初に買った車はフォルクスワーゲンの赤のビートルで、同僚でダビングの責任者だったマリアンネ・クノップ(Marianne Knopp)さんからでした。余談ですが、彼女の名前のKnoppは俗語でボタンの意味。その洗礼名として、小さなボタンの意味をもつクノフシェン(Knopfchen)がありますが、ビートルの愛称もクノフシェンです。

このビートルの唯一の問題はカセットプレーヤーがついていないことでした。ですから、旅行に出るときはいつも助手席にカセットプレーヤーを置き、用心のため、いつも新しい電池を入れていました。音楽はカセットテープに録音した物か、あるいは購入した音楽カセットでした。新しいレコードは買わなくなっていました。車の中では何度も何度も繰り返して音楽を聴き、アレンジの僅かな雰囲気の違いも聞き分けられるようにしました。そうしているうちに、なぜある曲では乗らないのに、別の曲では鳥肌が立つほど引き込まれるのか、だんだん理由が分かるようになりました。その良い例が、あのセンセーションを巻き起こした映画「ウエストサイドストーリー」の名曲「きっとどこかに(Somewhere)」です。

 

ウエストサイドストーリーはTVで繰り返し放映されていましたし、土曜の夜の大型バラエティ番組で流れたメドレーの中にも入っていたので、この曲は何度も聴いていました。とても素晴らしい曲でしたが、私が作った往年の名曲リストには入らなかった有名な曲の一つでした。それは、余りにも頻繁にオペレッタ風に扱われてしまったからだと思います。

1987年、仲間のダンサーたちと初めてアメリカを訪問したとき、あるショッピング・モールに行きました。中の音楽カセットを扱う店に暫くいた時、モールの中にあの「きっとどこかに」が流れてきたのですが、その演奏に私の心が鷲摑みされたのです。なぜ、あの時の歌がそれほど好きになったのか説明できないのですが、とにかく心に響いたのです。それは究極のバージョンだったのかもしれません。そのこの曲には、私が長い間聞きそびれていたあらゆるアレンジを凝らした音があり、私は鳥肌が立ち、涙を流したのでした。

すぐさま店員に尋ねると、それがバーバラ・ストライサンド(Barbra Streisand)の最新レコード「ブロードウェイ・アルバム」に入っていると教えてくれました。空中に放り投げられたような強烈な感情を植え付けられ、私は彼女の歌う「きっとどこかに」の虜になりました。音楽好きの私はバーバラ・ストライサンドの歌は聞いていましたが、彼女の偉大さに触れるに十分な時間を割かなかったことを悔いました。でも、これがきっかけで、この曲を作ったアメリカの有名なマイケル・マッサー(Michael Masser)という作曲家の名前が私の中にしっかり植えつけられました。

 

マッサーは有名なソウルバラードの作曲家・アレンジャーで、ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)、ナタリー・コール(Natalie Cole)、ジョージ・ベンソン(George Benson)をはじめ多数の歌手の歌を手掛けています。彼の原曲を聞くと、私は大渓谷の上を飛んでいるような、壮大な気持ちになります。他にも多数ありますが、例えば「ザ・グレイテスト・ラブ・オブ・オール(The Greatest Love of all)」、「オール・アット・ワンス(All at once)」、「変わらぬ想い(Nothing’s gonna change my love for you)」、「ミス・ユー・ライク・クレイジー(Miss you like crazy)」を聞くと、同じ感動が湧いてきます。弦楽器とトロンボーンとかホルンのような楽器の組み合わせが特徴的です。しかし、もしこの組み合わせを正しくやってしまうと、逆に嫌悪の鳥肌が立つことになります。この知識は後のフォーメーション音楽編集に役立ちましたが、その話は、また後からにしましょう。

 

 

 

ダンス音楽が好きになるにつれ、実際の競技会で使われている音楽のひとつひとつの有用性をチェックするようになりました。チェック項目の一つ目は、ダンスをしない人でもそれがそのダンス種目の物だとはっきり分かるかどうかです。たとえばワルツに使われる、ナット・キング・コール(Nat King Cole)の「魅惑のワルツ(Fascination)」があります。この曲にはショーやショーの一部に使える所があるでしょうか? あるいは、これをフォーメーションの一部に使えるでしょうか?

 

今日のCDには複数のアーティストの音源を収めたサンプラーがたくさんあります。音楽に興味を持つ人たちが頭を寄せ合って、ダンスの音楽としてどの曲が良いか考え、ひとつひとつの曲の著作権を得てから、一つのCDに収めて販売しているのです。ですから、今日では非常に良い音楽を簡単に手に入れることができます。私が若かった頃、何か閃きを感じさせる曲を求めて探し回ったことがありますが、その1曲のためにLP1枚を買わなくてはなりませんでした。練習をしながら数ある候補の中から選曲するために、私は毎回毎回、スーツケースに40~50枚のLPを詰め込んで持ち歩いたものでした。殆どの人は、たった1曲のためにLP丸ごと1枚購入するようなことはしませんでしたが、私はそうでした。訪れた先々の国では、私は時間を見つけてはレコード店を回り、コレクションを増やして行きました。当時のレコード店では購入する前に試聴させてくれたので、どんな曲なのかが分かりました。それができたので、私は今でも数千枚のLPを保存しています。今日のCDはシールされているので、盲買いを余儀なくされることもあります。

コンピュータ時代の今では iTune のような道具も出現し、特定の曲を探し出すことも、同じ曲の異なる演奏のものを探し出すことも、あっという間にできてしまうので、ショーやフォーメーションの時にはとても便利です。

 

私のフォーメーション・チームの練習でとても重要なことの一つに、同じグループのステップを同じテクニックを使いながらも、音楽を次々に変えることで違った踊りに見せる実験があります。毎回私は、これはものすごい挑戦だと感じていました。毎回、最適な音楽を探しながらワクワクしていたことも事実です。そうした特別に創り上げる音楽のためにはどこに行けばよいか、そうしたリストも持っていましたので、ロンドンへ行けば、特定のレコード店を回りました。中でも古いレコードも新しいレコードも両方揃っている「58 ディーン・ストリート・レコードショップ」は私のお気に入りです。特に、サウンドトラックやイージーリスニングなら、まず見つかります。(私の言うイージーリスニングにはシナトラなどのボーカリストやビッグバンド、それにラテンバンドは含まれません。)

私が常に最優先することは音楽に合わせて踊ることで、そこにはその音楽が持つ特徴的なメロディー・ライン、特徴的なオーケストレーション、それに、その曲の雰囲気を的確に表現するボーカルなど、そうしたものが不可欠になります。

ラテン音楽に関して言えば、素晴らしいパーカッション、あるいは完璧なパーカッションが入っていれば十分ということはありませんでした。やはり、綺麗なメロディーをうまくアレンジできている、例えば、チャチャチャでトランペットを主にスタッカートに使った曲などが好きです。

 

各ダンスの音楽にはパーカッションが必須であること、さもなければ最低、音楽の底に流れる特徴的な楽器が必要であると言う事を、何年もの間、レクチャーに出ていて聞かされてきました。でも、そうした説明は完全に事実に反しています! ダンスを特徴的に伝える楽器やパーカッションといった、そんなルールはありません! その音楽のトータル的な雰囲気を創り出すために、それぞれの楽器にどのようなメロディー・ラインを持たせるか、それは完全にアレンジャーの能力次第なのです。音の好みは人により大きく違うので、同じスローワルツの曲を全く違う形に解釈して作ったとしても、それを良しとする人がいても当然です。

幾つかの例で見てみましょう。ワルツの典型的な曲と言えば、先に述べた「魅惑のワルツ」でしょうす。この曲はダンスが発展した同じ時代につくられたものです。この曲のように、人の心を捉えて人気を保ち続ける曲が、いつの時代もあることを忘れてはならなりません。

ダンスのために創られたダンス音楽の総てに共通するものがあります。それはメロディーの形式です。「魅惑のワルツ」を聞いていると、ダンスでいう所の「ペンジュラム・スイング(Pendulum Swing)」が自然に組み込まれているので、私たちの耳に「ダウンスイング」が聞こえ、続いて「アップスイング」が聞こえてきます。ごく自然に踊りになるように作られたメロディーなので、それが演奏されると、そこに踊りが描写されるのです。そのようなダンスの特質を表わし、かつ、踊りに適する新しい音楽は常にはありました。でもそれは、弦楽器がなくてはならないという話にはなりません。新しい音楽の中にも、ダンスの特質がすぐ分かるものがたくさんあります。ユーゴ・ストラッサー楽団のために作曲された新譜の数々を思い出してください。どの曲にも、そこにあるべきペンジュラム・ムーブメントを聴くことができます。ヒットソングをアレンジした曲にさえ、しっかりあります。こうした楽団の音楽が時代を経ても踊りの特徴を失わない理由は、そこにあるのです。

 

競技会のワルツに使われる最近の音楽には変種が出現しています。さらには、偶発的にできてしまったと思われるワルツと同じ3/4拍子の曲もあります。ここで重要なことは、3/4拍子でテンポが約30小節の曲が、必ずしもワルツではないと言う事です。

たとえばカントリー・アンド・ウェスタンの中には、ワルツらしからぬ曲がたくさんあります。メロディーが単調で、誰もワルツのスイングをしたいと思いません。その最適な例がイスラエルのフォーク・ミュージックの中の一部に見られます。それが、「ユーカリの木立」(イスラエル語:Yerushalaim shel zahav/Chorshat Ha’ Ekalyptus)で、Casa MusicaからリリースされているCDには、英語タイトル “The grove of Eucalyptus”で出ています。これはとても有名なイスラエルの作曲家ナオミ・シェメル(Naomi Shemer)の作品です。別の曲で、イタリア人の作曲家レナート・ゼロ(Renato Zero)の、余りにも若くして亡くなった少女を歌ったバラード、「ラ・カンツォーネ・ディ・マリネッラ(La canzone di Marinella)」もあります。

 

 

ワルツの典型的なムーブメントは2小節で一つのつながりを持つピアノで表現されます。アイルランドのフォークソング、「デーヴィッド・オブ・ザ・ホワイト・ロック(David of the White Rock)」は非常に一般的ではない手法でワルツの動きが入っています。極端な例になりますが、その対極にあるのがノラ・ジョーンズ(Norah Jones)が歌うポピュラー・ソングの「カム・アウェイ・ウィズ・ミー(Come away with me)」と言えるでしょう。3/4拍子でテンポもすべて正しいです。しかしながら、メロディーがフラットなので、この曲をワルツが踊れるように変換することは、まずできないでしょう。この曲を聞くとあるホテルのバーを思い出します。一人のピアニストが朝の3時45分にピアノに向かい、歌詞を間違いながら歌い始めたのです。疲れている上にアルコールも入っていて、やる気のない人でした。

 

 

もし私が音楽のコーチで、あるカップルに、とにかく音楽だけに集中して音楽を楽しむよう指示したとすると、二人はその1曲に気持ちを込めることでしょう。そうすると、二人が踊るそのダンスにはありふれたものではない動きが出てくるのを見ることができるでしょう。一方、他のカップルよりも素晴らしい君たちの踊りをジャッジに観て貰うために、音楽は気にしなくて良いと指示することもできます。

音楽を無視してよいというアドバイスは、音楽を大切にしている人には悪夢でしかありませんが、悲しいことに競技の世界では、この辛い真実が起こっています。私が多くのコーチたちと話をした中で、彼らが口数少なく認めたことは、生徒たちに、競技で必要な結果を残すためには音楽は無視するよう指示することに馴れきってしまい、おかしいことだと感じなくなってしまったということです。

これは、多くのDJたちがカバーに記載されたダンスとテンポを鵜呑みにしている点と共通しています。先に書いたように、カバーの記載は信用すべきではありません。以上のような説明から、なぜある音楽では人々は立ち上がって踊りたくなり、別の音楽では単に聞くだけにして、最低私たちの使っているステップでは踊ろうとしないのか ―  そうしたことが分かって貰えたと思います。

 


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