MT39 第8章 内から外へ

投稿者: | 2020年3月17日

「ダンサーのためのメンタル・トレーニング」(マッシモ・ジョルジアンニ著/神元誠・久子翻訳/白夜書房 原書名:DANCING BEYOND THE PHYSICALITY)を紹介します。

■目次

 

MT39 第8 章 内から外へ
From The Inside Out

 

ダンサーの踊りを観るとき、私たちの目は踊る人の外側に向けられる傾向があります。外側ははっきり見ることができるからです。ですから、ダンサーの顔、足、腕、衣装、髪など、簡単に言ってしまえば、ダンサーの内部に宿るものを覆い隠す部分に目がいってしまうのです。しかし、そうした私たちの目に映る部分は、ただの外見にしか過ぎません。人間として私たちは皆、単なる外見以上のものを、もっともっと表現することが可能なのです。

 

ダンサーにとり、体は様々な形を造り出す道具であり、体の内部に息づく感情や感動を形として外に引き出して現わすことができます。この引き出す行為は思考と正しい意志によって行なわれます。実際に、内在する思考や根底にある感情を形として表現することなく、ダンスを単に体の動きとして捉え、外見ばかりに専念するのでは限定的過ぎると言えるでしょう。

私がダンサーたちを見て感じるのは ~ 主にスタンダードとラテン・アメリカンの場合ですが ~ 彼らは一様に見ている人たちにどう見られているかということを非常に気にしていることです。彼らの踊りから何を感じて欲しいかではないのです。つまり、無駄な動きを加えたりせず純粋にパフォーマンスで表現したいというより、何かを印象付けたいという意図が感じられるのです。別の言い方をすれば、考えていることとやっていることの関連性が見えないのです。

 

私たちがダンサーの踊りから見えるものは、
彼らが心の中で行なっていることの結果にしか過ぎないのです。
(M. ジョルジアンニ)

 

思考や感情には目に見える形はありませんが、私たちの体を通して形となって現われます。ですから、ダンサーは心に浮かんだ純粋な考えは、自分の目、口、顔色、その他あらゆる体のパーツを通して形となって現われるという、この変換プロセスを体験で知っておく必要があります。何か他のことを考えながら体を動かすのではなく、肉体を通して思いを伝える、それこそがパフォーマンスがなす領域なのです。

 

 

― 身体を超えたところで表現することがたくさんあります。

― 身体は形を創造する道具ですが、より正確に言うと、その形は感情も生み出します。

― 良い印象を与えようとするのではなく、表現しようとするだけで良いのです。結果として、それが良い印象を与えることになります。

― 心の中に純粋に出てきた思いが、体を通して現われるようにすべきです。

 

 

 

 

MT39 第8 章 内から外へ
①ムーブメントは語る

Movement That Speaks

2005年8月19日 韓国訪問時のメモより

 

今、羽田空港にいる。ソウルでのレッスンを終えたところだ。文化が違うので、ダンスの本質を伝えるのが難しいときもあったが、非常にいい経験だった。

私たちは他の人の体験から学ばなければならないが、同時に、自身が経験するプロセスも大切にしなければならない。ダンスとは単に身体的なものだけではなく、精神的なものや想像的なものも含まれるのだから。他の人の経験から学ぶこともできるが、自分自身の経験を味わうことが大切なのだ。ダンスは単に体を動かすことだけではないし、そこは、イマジネーションと心の領域でもあるのだから。ひとつの閃きから様々なことが湧き上がり、その閃きは体を通して形となって現われるのだ。

ダンサーにはこうした心から肉体への旅が重要で、これは他のどの芸術にも当てはまると考える。

 

 

 

 

内から外へ」の考え方は振り付けに使うステップにも、ストーリーの背景にも、あらゆるムーブメントと関連付けて考えることができます。このことをよく考えていくと、私たちが使っているステップにはその動きを示す意味があり、その存在理由があるのですが、非常に多くの場合、カップルたちは、そうしたことにも気づかず、ただうまく動くためにはどうしたら良いかという方法論に走ってしまうのです。

 

具体例を挙げましょう。技術的な話として、私があなたに、右サイドは左サイドより前に出てはいけないとか、あなたの頭部はほんの少し左足のアウトサイド・エッジの外に出ていなければならないとか、あるいは、体重移動を終えたとき、ムービング・レッグはサポーティング・レッグの前になければいけないなどということを話したとします。もちろん、私はこれらの情報があなたの役に立つと確信しています。

 

次に私が、こうしたルールの理由を説明したとすると、その説明があなたの中で映像化され、本来の意味が理解できるはずです。理解があなたの動きをより自由にし、結果として、女性側に非常に大きな動けるスペースを与えることになります。当然、女性は大きな3次元のスペースを作りながら、より自由に自分の踊りをすることができますから、その結果、男性は踊りの全体をより積極的にコントロールできるようになります。

 

しかし、心に刻んで欲しいのは、私から得たこうした知識は、目的や目標到達のためのアイディアにしか過ぎないということです。ですから、私が皆さんに提案したいのは、いかなるときも(なぜ、という)目的を持って始めて欲しいということです。なぜなら、そこに意味があり、そこに関連性があるからなのです。

 

私には、何をするにも「なぜそうなのか」、その理由を知ることがとても大切に思えます。それが分かると、自分がすべきことが明確になりますし、ツイストするにも意味を込めて行なうことができます。「なぜ」と最初に疑問を抱くと、次に、「何を」すべきかが分かるのです。

 

「なぜ」と疑問を抱けば、より意味を込めて行なうことができます。
(M. ジョルジアンニ)

 

 

私が「内から外へ」と話すとき、単にその形だけではなく、その中身のことをじっくり考えてください。中身が明確になると、中身には形が含まれるので、それ以上何かを付け加える必要がなくなります。なぜなら、付け加えるもの自体がすでに自分の中にあるからです。

 

自分が使うステップの名前についても考えるようにしましょう。例えば、フェザー・ステップ、ダブル・リバース・スピン、ターニング・ロック、アウトサイド・スイブル、リンク、ペパーポット、サンバ・ロール、リバース・ウェイブ、スリー・フォーラウェイ、アウトサイド・スピンなど、なぜそうした名称が付けられたのかを考え、その意味を表現しようとするのです。実際のところ、こうしたステップで何をすべきかは、名前自体に意味が含まれていますので、私の場合、中の成分を少し変えることはしても、本来の意味まで失われてしまうようなことはしません。

 

もし、本来の意味まで変えてしまうのであれば、中身も変えなくてはならなくなり、それではまるで、スパゲッティ料理を作ろうとして、パスタの代わりにライスを使うようなことになってしまいます。この場合、スパゲッティは本来の意味・目的で、スパゲッティの味に影響を与えるものは成分となります。

 

ステップの名前の解釈の仕方で動きに違いが起こります。名前の意味を動きに関連付けると、動きがとても馴染んだ、はっきりとした、バランスの取れたものに変わります。それは、人と話をしていて、考えをはっきり述べる行為にも似ています。

 

もし、私があなたに、「フォーラウェイ・リバース、スリップ・ピボット、ダブル・リバース・スピン」と言ったとします。これらは三つの異なるステップですから、あなたはそれぞれの動きを学ばなくてはなりません。そして、フォーラウェイ・リバースについても、他の二つの動きについても、それぞれがどこで始まり、どこで終わるかを理解しなくてはなりません。

 

そのようにして、個々のステップの始まりと終わりをきちんと理解した上で、それら三つのフィガーを上手につなげて踊らなければならないのです。それをすると、自分の踊りが非常にクリアになるのが分かるでしょう。もし、その上で、例えば、テンポとかダイナミックさで異なる趣にしたいならば、それはあなたの選択次第です。しかし、中身を尊重しなくてはなりません。そこには本来の美しさがあるのですから。

 

何を踊るにも、まず最初に、理由があるのです。
(M. ジョルジアンニ)

 

 

同様のことが男らしさとか女らしさについても言えます。男らしいとか女らしいという表現を使った瞬間、私には嘘っぽく響きます。

 

女性は女らしくとか、男性は男らしくとか見せようとする必要はないのです。私たちはすでに男であり、女なのですから。このことはダンスのホールドからしても明らかです。単に綺麗な形にしようとしているわけではなく、男性にとっては、より洗練されたコンタクトができるようになっていますし、女性にとっては、より動けるスペースが確保できるようになっているのです。

 

これを女性の観点から見ると、男性に属している感覚です。男性の腕の中にすっぽりはまることで、女性が男性に属する感覚は非常に強いものになります。

 

最後に、もう一度繰り返しお伝えしたいことがあります。それは、ダンサーが「何を」ではなく「なぜ」に気持ちを持っていくと、その人のパフォーマンスにはより深い意味を帯びるということです。自分の考えやフィーリングを表現できるようにもなり、枠にはまった踊りではなく、個性的な踊りに発展させることもできます。「求めよ、さらば与えられん」 ― 私の大好きなこの言葉が私にもたらした意義はとても大きいです。あなたが真に求めるものは何か ― それに対する答えは心の奥深くを見つめると、いくつも見えてくるでしょうが、皆さんにはうわべの上達だけではなく、その奥にあるものを探すことをお勧めします。その方がもっと面白く、もっとモチベーションが上がると思えるからです。

 

― なぜ自分がそれを演技するのか、その理由を探しましょう。

― 自分が演技する、その意義を考えましょう。

― 男らしさとか女らしさの演技はしなくて良いのです。すでに男であり女なのですから。

 

 

 

まとめ

1, 身体を超えたところで表現すべきことがたくさんあります。

2, 肉体は形を創造する道具ですが、より正確に言うと、感情も生み出します。

3, 印象付けようとするのではなく、表現しようとするだけで良いのです。結果として、それが良い印象を与えることになります。

4, 心の中に純粋に出てきた思いが、肉体を通して現われるようにすべきです。

5, パフォーマンスの意義を考えましょう。

6, 男らしさとか女らしさを演技しなくて良いのです。すでに男であり女なのですから。

 


(「MT39 第8 章 内から外へ」おわり)