#015 私の好きなレクチャー 1. “KEEP IT HUMAN” by Anne Laxholm

投稿者: | 2020年3月10日

世の中には優れたレクチャーがたくさんありますが、これは私が繰り返し見たいレクチャーのひとつです。競技選手を対象にしたレクチャーですが、サークルで踊る人たちにも是非見て頂きたい秀逸のレクチャーです。

 

#015 私の好きなレクチャー 1.
“KEEP IT HUMAN” by Anne Laxholm

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2009年UK選手権前夜に行われたコングレス。そのレクチャー2番手はアン・ラクスホルム。アマチュア時代、彼女はご主人のハンスと共にブリティッシュ、UK、そして、ワールド・チャンピオンに。プロとしてはヨーロッパ、及びUKチャンピオンとして活躍しました。そのアンのテーマは “KEEP IT HUMAN”邦題は「より人間らしく」にしました。

「より人間らしく」 ―― そのために何をすべきか,現在の踊りで何が問題なのか……。

ハンスを相手にダンスの歴史を振り返り、踊りの本質に触れます。そして、お手伝いの若手ダンサーの踊りが、彼女のアドバイスを受けてグングンとナチュラルに変化して行く様子は見応え十分。 私の大好きなレクチャーのひとつです。その映像と日本語の書き起こしをここに記録します。

 

2009 UK Lecture
“KEEP IT HUMAN”
by Anne Laxholm
Dancers: Emanuel and Tania

 

 

◇ ◇ ◇

 

アン・ラクスホルムの「より人間らしく」(テキスト)

 

MC: デンマークからの講師をご紹介しましょう。ご主人と共に元ヨーロッパ・プロフェショナル・ボールルームのチャンピオンで、レクチャーのタイトルは「より人間らしく」。アン・ラクスホルムさんです。

 

ANNE: 有難うございます。みなさんこんにちは。今週は私達の引退20周年記念の週になります。早いわね。それで、こんにち、競技会に行くと驚いてしまいます。競技が始まる前から驚いてしまうのですが、今の娘たちのドレスとヘア・メイクは素晴らしいと思っています。メイク、ヘア、ドレス、どれをとっても最高です。アマチュアでさえ慣れたもので、ものすごく素敵にみえます。男の子も勿論、ハンサムですよ。

二つ目に驚くことは、この素晴らしいボールルーム・ダンスの世界に参加される国の多さです。70年、80年代には参加していなかったような、中国、カザフスタン、ベラルーシ、エストニア、良く分かりませんが沢山の国から参加があり素晴らしいです。

更に驚くことは、カップルの大きなホールドとフロアを横切るというより走る感じです。それは今、おいておきましょう。

 

難しい振り付けを完璧なタイミングで踊ってはいますが、こんにちの踊りを観ていると、余り取りざたされていないようマイナス面があると思います。それは、本来あるべきスイングや綺麗な足使い、リード&フォローが消失の危機に面しているのではないでしょうか。

もちろん、私が安全な場所に座っていて、『それじゃダメ』とか、『私たちの頃はもっとうまかったわ』とコメントするのは簡単ですから、すぐさま訂正させてもらいます ― 発展なくして、ボールルーム・ダンスは消えてしまうでしょうと。そして、なにか進化がある場合、いつでも、私たちが好ましいと思わない変化もあるものです。でも、今日はこの30分を使い、ボールルーム・ダンスの起こりから振り返ってみるのもいいのではないかと思います。

 

私も年取ってはいますが、ボールルーム・ダンスが起こった頃には生まれてはいませんでしたので、人から聞いたり見たりしたものなどについての印象を述べてみましょう。それは基本的に男性から始まりました。つまり、旦那の出番です。

「ハンス、手伝ってくださいます?」

 

彼が男性で私が女性。始めに音楽があったかもしれません。音楽をお願いします。美しい音楽が流れているところに、男と女がいます。

「踊っていただけますか?」

「いいわよ」

「どんなのがいいですか?」

 

あの頃は何でもよかったの。そして静かに踊っていたわ。

「フォックストロットでもいかがですか?」

「勿論、あなたさえよければ」

あの頃は女性からということはありませんでした。ハンスがやってきて、「失礼ですが、フェザー・ステップからスリー・ステップはいかがですか」と尋ね、私は「分からないから、他の人をどうぞ」 ― みたいな。ただフロアに出て、音楽と一緒に楽しんだのです。30年、40年代はこんな風だったでしょう。

70年代になるとピクチャー・ステップが現れ、勿論振り付けも現れ始めました。その頃は自分のルーティンを一人で練習していました。それが能率的でしたから。それなしで、二人で上手に踊れる自信がなかったですから。こんな風に練習していました。

< dance >

ルーティンを覚えるとうまい具合に踊る事ができるので、いつも、こんな風に自分で練習していました。

 

80年代になるとどうでしょう。若い子を使ってお見せしましょう。「タニア、出てきてくれますか?」。彼女は緊張していますので、暖かく見てやってください。勿論、彼女のルーティンを私が挑戦するわけではありません。そんなことをしたらハンスと一緒に病院送りになるでしょう。タニアのパートナーは後から出てきます。

さて、彼女が踊るのは2009年に起こっていることです。ではワルツを少しお願いします。あなたのルーティンでいいですよ。

< dance >

 

観てるだけでも美しいでしょ? 私たちは年は離れていますが、二人してきっとこう言うでしょう。「男性は必要ないんじゃない?」と。完璧に一人で踊れるのですから。

時に、男性が緊張している女性を助けてくれるのも悪くはありませんが、基本的には自分で踊る事ができるのです。そこがボールルーム・ダンスで気をつけなければならない点なのです。水泳のシンクロのような、シンクロ・ダンスにならないよう、気をつけなくてはいけません。それではロボットのようになってしまいますし、タニアはロボットじゃありませんから、ロボットのようにではなく、踊りに生命が溢れ、生き生きとした男性と女性でなくては。

 

続けましょう。エマニュエル、お願いします。

さて、女性が一人で何でも踊れる場合、こんにち私が見ていて疑問に思うのは、カップルがホールドしようとする場合、女性が大きく、力強く右腕を張ってしまうことです。多くの場合、組む前からこんな風に、腕を張っているのです。これでは余り女性らしいとは思えません。もっと女性らしい形に出来る筈なのに、今のような形になろうとする女性が沢山います。私たちの頃には男性を好きになったものですが、今の女性は手が好きみたいです。男性に近づいていきながら、「私の手があなたの手が好きよ」と言っているみたいです。私だったら体のほうがいいわ。

実際には、私の右サイド、私のボディが男性を好きになり、男性のハンドではありません。ハンスは好きでも、ハンドじゃない。この(女性が右ひじを張った)強い形で二人に踊ってもらいましょう。ワルツをお願いします。こんな踊りになる危険があります。

< dance >

 

綺麗な踊りですから拍手は最もです。とてもいい踊りでしたね。とてもとてもいい踊りで、二人が完璧にマッチして踊っていました。今日の競技会でもすぐにトップの方に入ることでしょう。でも、二人のこのラインの中に、このままの形で踊り続けることはできない何かを感じます。この踊りで誰かを感動させることが、どのくらいできるでしょう。

 

いままで競技会をご覧になっていて、鳥肌が立つような踊りを見たことがどのくらいありましたか? そうした踊りはパーティーなどでちょいとできることではありませんし、常にできることでもありあません。

私は、今、この小さなダンスの世界に取り戻さなくてはならないものは、男女平等という事ではなく、男性と女性の役割だと思っています。いったん靴を履いたなら、男と女になるのです。男性は女性を誘い、女性は、腕を差し出して、「さあ、いらっしゃい」ではありません。

男性は手を差し延べて「踊りませんか?」と伝え、女性は、腕ではなく手を差し延べて、「ありがとう。いいですわ」と。勿論、今日のダンスではボディトーンとか他にもやることが沢山ありますが、先ほど述べた要素を含んでいなくてはなりません。

では、タニアと踊ってもらいましょう。ワルツをお願いします。男性がいて、ソフトな女性がいて、腕ではなく。

<dance >

 

いかがでしたか? 最初のより少しソフトだったので、より自然な踊りだったと思いませんか?これはある日突然できるようになるものではありませんから、日々の中での練習が必要です。そのようにして私は夫とやってきましたし、実は、今日のレクチャーも同じようなものです。事前に内容は伝えてありません。

「知りたい?」と聞いても、「いや」と言うだけです。基本的には私が彼のレクチャーに一緒に出ても、彼が何を(何のステップを)するのか全く知りません。「これをするんだわ」と思ったとたんに、彼は違うことをしてしまうのです。

何をされるのか分からないのは不安ですが、今、カップルの中に見たいのは、むしろ、そうしたことです。つまり、そのような練習を積まなくてはならないという事です。勿論ルーティンの練習をすることも結構ですし、それを取り上げようとは思いませんが、練習に行きエクササイズで準備が整ったなら、まずすべきことは、このフリースタイルの踊りだと私は思います。

 

(エマニュエルとタニアに向かって)では、こうしてください。

ルール#1 エマニュエル、あなたはいつものルーティンを使ってはいけません。
ルール#2 勿論、口でリードしてはいけません。
ルール#3 上手く伝わらなかったら、それはあなたの責任です。

では、これでワルツを踊ってもらいましょう。タニアは楽しんでね。

< dance >

 

いかがでした? 私はルーティンを否定しているわけではなく、ルーティンであっても、こうした感情の投入を忘れずにしなければいけないと思うのです。特に女性の立場からすると、ルーティンが叩き込まれ、そして、あたかもリードに従っているかのように振舞わざるを得ないのですから。

男性が総てをリードするのは、本当に難しいことです。ただ、先ほどの踊りにはひとつ問題がありました。出来過ぎです。

 

私は人の踊りを見ているとき、ちょっとした間違いを見るのが好きです。なぜなら、途端に女性の顔が生き生きとしてくるからで、「それでなくちゃ」、と思うのです。それが見たいのです。ではどうすればいいのでしょう?

少しダンスを続けていると、時に、いろんなことが起こりませんか? そうしたら、(そのことに)感謝します。素晴らしいことですから。これも一つの方法で、練習に行ったなら柔軟体操の後で少し自由に踊ってみるといいと思います。是非やってごらんなさい。ハンスはよく私に、「君の脳みそを揺さぶらなくては」と言ったものでした。私の頭を柔らかくするのに20分もかかると言うのです。

私が徐々に彼への反応が良くなったのは、そのおかげです。また、こんにち、私たちはみな職業として教えたりしていますが、ビル&ボビー(Bill & Bobby)やピーター&ブレンダ(Peter & Breanda)の時代はそれ程でもありませんでした。勿論彼らも教えてはいたでしょうが、それ程沢山ではありません。それゆえに、女性はとても反応が良かったのです。女性は女性らしくフロアにいて、男性には男性らしく踊っていました。それが大切なのです。

 

それはさておいて、ダンスに戻りましょう。私がカップルによく言うのは、例えばちょっとしたルーティンがあったとすると、エマニュエルにこう言います。

「上手に踊りなさい。でも、決まった方法だけじゃなく、3つの方法を使いなさい」と。

このルーティンというかフレーズで踊るという方法は、たしか、ジョン・デルロイ(John Derloy *アフレコは”ジャック”と言い間違えています)が導入したと思うのですが、私たちが使い始めたのは80年代になってからです。そうした踊り方をしなかった頃の踊りを振り返ると、総てが時代遅れのようで、観ていておかしい気がします。

 

ルーティンを組むのは確かに良いですが、ルーティンに仕えてはいけません。ルーティンに仕えてしまうと、いつでもどこでも、(スローアウェイ・オーバースウェイ~リカバリーを踊り)123 123 123の決まりきったことしかできません。これもパッと見ると悪くないと見えますが、でも、別の方法だってあるわけです。123456 123などと。

たとえ決まったルーティンを覚えたとしても、それを変更できる能力を持ち、それができたとき、素晴らしいものになったと言えるのではないでしょうか。つまり ― 音楽が「そうしたらどうですか」と伝えてきた時に男性は変化をつけられるようにしなければならないのです。音楽を聴き、自分に言うのです。「4小節目ではなく6小節目で出てみよう」とか。それでもいいじゃないですか。だって、私たちはプログラムされたロボットではないのですから。

 

まあ、そんな事ばかり言い過ぎないようにしましょう。車の助手席で、いろいろ口出しする人みたいで、うるさすぎますから。皆さんは違うと思いますが。

私が見たいのはちょっとしたルーティン。でもそれに二つ三つの変化をつけてみてください。ワルツをお願いします。

<dance> (そしてエマニュエルがバランスを崩してひざまづくハプニングが!

 

ついに、何かが起きてしまいましたね。これを待っていました。ごめんなさいね、私の所為だわ。彼女の表情を見ました? 転ばないにしても、それが見たいのです。

もう一度やってみます? 今度は別の踊り方で。転んでもいいし、転ばなくてもいいわ。

<dance>

 

勿論、この二人の踊りを見ただけでは、これを即興でやっているとは分かりません。それ程、完璧に見えました。ある意味、それほどタニアとエマニュエルはこうした練習を積み重ねてきているので、それができたのですが、自由に踊るとは男性がリードすることです。もし男性がリードしなければ、女性がするわけではありませんから、女性は戸惑ってしまいます。

男性のリードはすぐにできるものではありません。時間がかかりますので、もし先ほどのフリースタイルのような踊りを競技会に取り入れようとするなら、沢山練習をしなくてはなりません。女性は違いますよ。女性は何をされるのか分からないでいいのです。だから毎回練習しなければならないのです。

 

もう一つの方法は、皆さんもいろんな所に踊りに行かれるでしょうから、自分のルーティンがあったとして、そのルーティンを部屋のいろんな場所から始めるという方法です。最初はここから始めたなら、次はここから、3回目はあそこから、と。いつも同じコーナーからではいけません。このUKオープンのように大きなフロアでフォックストロットを踊る場合、7組はこっちのコーナーから始め、他の7組はあっちから踊るとすると、他のスペースはどうなります? スペースを使って踊りましょう。

そのように、心を柔軟にしておくことです。勿論、男性の問題ではありますが。

 

女性が、「ほらあっちにスペースが。行きましょう。見えないの?」と、こんな風にやってはいけません。それじゃ先ほどの助手席の人と同じになってしまいます。男性がやらなくてはなりません。この点は少し古風な感じがいいと思います。つまり、私が思うには、ダンスにおいては古来のやり方が大切なのだと思います。ストーリー性とか、ダンスの本質では。そこから発展させましょう。

ときどきはダンスの真髄は何かを考えましょう。パーフェクトになろうとせずに。おかしなことに、先ほどの転んだようなことが起こっても、誰もひどいとは思わないでしょう。このような場所で転んで二人は恥ずかしいかも知れませんが、それ程たいした事ではありません。むしろ、より人間らしく見えると思います。

そこには血の通った人間らしさがあります。勿論完璧ではありません。完璧を求めるには、さらに良くしなければならない点が常にあるからです。でも血の通った人間らしさがある。それが大切です。よって、男性の皆さんはしっかり基礎を固めてください。求めなければならないのは、パワーではないのです。

 

これからやれること、それは、靴をはいたら女性は男性に従い、男性がしっかりリードすること。これが大事なのです。男性には少しきつい話をしてきましたが、それがダンスを、そして女性を生き生きとさせる最重要点だと思うからです。

さて、女性の皆さんにはちょっとしたものをお持ちしました。ご存知の方も多いかと思いますが、これは今日にぴったりだと思うのです。

 

総ての女性の皆さんへ、

見られても、聞かれず、
見られても、感じられず、
感じられても、聞かれず、
見られても、見せびらかさず、

動いても、離れていかず、
積極的でも、やりすぎず、
トーンはあっても、固まらず、
受ける側で、与える側ではなく

自分の足の上でバランスを取り、
ボディの中にダンスを感じ、

フォローしても、リードせず、
しっくりいても、いさせられず、
ボディの中に踊りが浸み込むこと。

 

とても有名なボビー・アービンという人が書かれたものです。私は、これが女性のあるべき姿だと思います。とても重要です。彼女はダンスの象徴でした。私ダンスのアイドルでした。女性はこれに耳を傾け、後の事は男性に任せておいてもよいと思っています。それでも、フロアの上ではずっと良くなると思っています。

(ここは)広いステージではありませんが、私の古い戦友がもう一度腰を上げ、誘ってくれるか見てみましょう。

 

(ハンスに向かい)「悪いわね、タニアとじゃないのよ」。

二組でちょっとフォックストロットを踊ってみます。自由に、できれば、ぶつからないようにしてフロアを使ってみようと思いま。では、フォックストロットをお願いします。

< dance >

 

HANS: ありゃー、昔より調子いいいや。(笑い声) おや、ズボンが ― 段々下がってくるぞ。

ANNE: つりバンドにしなさいといったでしょ。

皆さん有難うございます。そしてBDFIの皆さんに、このような機会を与えていただき有難うございました。たぶん、私は楽しんだと思います。そして、タニアとエマニュエル、有難うございました。競技会の直前で緊張したでしょうに。タニアはシャドーもしてくれてどうもありがとう。最後に、最後に42年間付き合ってくれてるあなたに ― 「まだ愛しているわ」。

 

MC:皆さん、素晴らしいレクチャーでしたね。楽しくて有益なレクチャーに感謝したいと思います。

 

出典:DanceWing 49 July. 2009
英語監修:Geoff Gillespie
レクチャー翻訳/アフレコ:神元 誠

 

◇ ◇ ◇

 

ハッピー・ダンシング!