今回から連載6回目(最終回)の内容に入って行きます。連載1回目は2009年11月号(Dance Wing 51号)、そしてこの最終回記事は2010年9月号(Dance Wing 56号)に掲載されたものです(Dance Wing は隔月発行でした)。
私とダンスとアレクサンダー・テクニークと
AT23 失われた第6感
ボディ・チャンスの7つの原理 1. すべての動きは相互依存の関係にある。 7つの古典的な誤り 誤1.悩みの部分のみを考え、全体を見ない。 |
ダンス――遥かにうまくなるための秘訣(Dance Wing 56,6回目記事より)
失われた第6感
ボディ・チャンス7つの原理の最終回です。今まで原理の4番までを見てきました。今回は特に7番目を中心に残りの3つを見て行きます。7番目と関連し、この10年で脚光を浴びて来た脳科学のことも取り上げて行きます。
動きのコントロール
ダンスが上手になりたい人なら知っておくべき脳の基礎知識があります。それは、脳の使い方が筋肉やムーブメントを司るということです。
自分に問いかけてみましょう。
① 脳はどのように筋肉に働きかけていますか?
② 意図した動きをしたかどうか、どうしたら分かりますか?
③ その時々の自分の空間をどうやって認識できますか?
④ 必要最低限の緊張しか使わなかつたことが、どうやって分かりますか?
答えに窮しているかもしれませんが、ダンスが上達するにはそうした答えが重要なことはお分かりいただけると思います。
①脳はどのように筋肉に働きかけていますか?
この記事の範疇を越えるほど壮大な主題です。前号で心的態度が疲れやすい筋肉と疲れにくい筋肉の使い分けをし、使い分け次第で簡単に踊りに影響するということを説明しました。そこで、あなたが行なう動きを理解し、行動に移し、調整する方法を説明しましょう。
私達の脳の中では運動に関わる二つのシステムが共同作業をしています。ボディ・スキーマとボディ・イメージの二つです。
―― ボディ・スキーマ(Body Schema)とは?
背中に片手を回し、背中から少し離したところで手を適当な形にしてみます。あなたは背後の手を見ることは出来ませんが、どこにあるか、正確に空間を把握することができます。指の向き、背中からの距離、手首のねじれ具合などを鮮明にイメージすることが出来ます。なぜでしょう?
その手で別な動きをしても、やはり、自分を取り巻く空間の中のどの辺で何をしているか分かります。これがボディ・スキーマです。そこには膨大なセンサーのネットワークが張り巡らされており、この記事を読んでいる今も、あなたの体に関するあらゆる情報(バランス、位置、動きなど)を絶え間なく脳に送り続けています。
さて、人には幾つの感覚があるかと聞かれ、多くの人は5つと答えるかもしれませんが、もうひとつ、もっとも重要なのにも関わらず忘れ去られている第6感と呼ばれる感覚があります。他の5つの感覚があなたの周りの環境情報を提供するのに対し、第6感はあなた自身の情報を提供してくれますから、ダンサーのあなたに、かなり重要ではありませんか?
第6感が提供する情報の豊かさや多様性には目を見張るものがあります。ざつと見てみましょう。
・位置の感覚(Sense of position – proprioceptors)
・動きの感覚(Sense of movement – kinaesthesis (specialized proprioceptors))
・バランスと加速の感覚(Sense of balance & acceleration – vestibular system)
・痛覚(Sense of pain – nocireceptors)
・温度覚(Sense of temperature — thermoreceptors)
・圧覚(Sense of pressure — mechanoreceptors)
・方向感覚(Sense of direction — magnetoreception)
まだ書き出していないのも考えると第6感のカバー範囲の広さは実に驚異的です。興味深いことに、チペツト仏教では6つの感覚意識を教えており、6番目を「精神の感覚」と呼んでいます。
また、フランスの科学者A ・ベルトズ氏(Alain Berthoz)は彼の著書「脳の運動感覚(The Brain’s Sense of Movement)」の中で、「知覚、認識、行動は相互に関係付けられており、かつ、あなたの宇宙の基本的な情報マップとしてのボディ・スキーマに依存している。即ち、知ることはこの第6感に依存しているからです」と書いて、チベット仏教の見方に同意しています。
アレクサンダーは、「知覚は概念を決定する。誤った道具をもつて知ることは出来ない」と表現しました。でも、このようなことが社交ダンスに関係あるのでしょうか?
いつも同じ過ちを繰り返していることに気づいたことはありませんか? 例えば、体が倒れすぎているとか近すぎているとか。その原因は腕、あるいは、頭にあるのかもしれません。上手く踊れないアマルガメーションのせいかもしれません。いずれにせよ原因は、したいこととしていることが一致しない、即ち、自分のボディに対するイメージが誤っているからなのです。
―― ボディイメージ(Body Image)とは?
ボディイメージはボディ・スキーマと並んで体の運動を作り出す、もうひとつの重要なシステムです。ボディスキーマと異なり、ボディ・イメージは蓄積された記憶、予測、文化的な条件付け、あるいは、自分自身に対する考えなどに基づいています。何か苦手と思っていることはあなたのボディイメージの一部で、あなたのために脳がそれを創ってくれるのです!
横柄な人のボディイメージは、劣等感を抱いている人のボディイメージとは非常に違っています。そうした違いを、ダンスでご覧になったことがあるのではないでしょうか? 踊り始めで形を整える仕草を見ますが、その微調整する姿は、その人が抱くダンサーとしてのボディ・イメージに基づいています。
「スタート前はこんな風に」と考えたその瞬間、あなたの考えと今までの記憶が動きとなって表現されるのです。
では、その微調整はどれほど重要でしょう。ダンサーの動きを30年以上観察してきた経験からいえることは、何かにつけて行われるそうした動きをすることで、動き出すのにより大きな努力が必要になり、より「力が入る」ため、踊りに優雅さや美をもたらすものではないということです。
今日、最初のレッスンです。踊り始める直前に何かしていないかを観察しましょう。
それは必要ですか? それをしないと踊りはどう変わりますか?
世界の偉大なダンサー達がしていることは、自分の〔体の〕システムを静かにバランスよく保って準備することです。 一般的には緊張をほぐします。増やすのではありません。そうすると、今までの記事の中で説明してきた頭と背骨の関係に基づいた自分自身のシステムをチューニングすることができるのです。
次回は残りの問いに対する説明を見て行きましょう。残りの問いとは、
②意図した動きをしたかどうか、どうしたら分かりますか?
③その時々の自分の空間をどうやって認識できますか?
④必要最低限の緊張しか使わなかつたことが、どうやって分かりますか?
(「ダンス――遥かに上手くなるための秘訣」第6回記事から)
ジェレミーさんの連載を読み返しつつブログにしながら、「この素晴らしい記事を日本中のダンサーの皆さんに読んでもらいたい。そして、それが日本のダンス界役に立ちますように!」と、大きなことを考えています。
私にはなぜか大きく考える性癖があり(笑)、この雑誌に関わり始めたときも、「やるからには日本一か世界一のダンス雑誌を目指す。世界一にするならバイリンガルにしなきゃ!」と思い、このジェレミーさんの連載を初め、随所に英文を入れるようにしたのでした。
(つづく)
「私とダンスとアレクサンダー・テクニークと」目次
- AT01 不思議な出会い
- AT02 潜入調査開始!
- AT03 ショッキングな体験
- AT04 筋肉を意識的に解放する
- AT05 パートナーは二人必要?
- AT06 動きの原理を知っていますか?
- AT07 あらゆる動きはどこかに影響を与えている
- AT08 原理2と3
- AT09 頭部の動きは脊椎運動を支配する
- AT10 私も魔法を手に入れました!
- AT11 良く出来たときは案外変に感じる
- AT12 頑張らなくていい
- AT13 頑張らなくていい例文
- AT14 当てにならない感覚
- AT15 7つの古典的な誤り
- AT16 自分を世界の中心に置く
- AT17 内なるダンスに向けて
- AT18 協調運動
- AT19 動的な動き
- AT20 力まないダンサー
- AT21 さあ、実験!
- AT22 背骨の可動範囲
- AT23 失われた第6感
- AT24 判断基準が自分にある危険性
- AT25 最終話 難しいのはあなたの古い習慣
- AT26 ダンサーのためのアレクサンダー・テクニーク