前回は「ボディ・チャンスの7つの原理」から、第1の原理「すべての動きは相互依存の関係にある」を見てきました。今回は第2の原理「有害な動きは概ね知らないうちに行われている」に入ります。初めに7つの原理を抑えておきましょう。
私とダンスとアレクサンダー・テクニークと
AT08 原理2と3
ボディ・チャンスの7つの原理 1. すべての動きは相互依存の関係にある。 |
これはボディ・チャンスの原理1に関連しています。なぜなら、私たちは体全体に注意を払わないため、体のどこか他のところに悪い影響を及ぼす動きをしても、そのことに気づかないのです。
そうした有害な動きの原因は、例えば、足はどこに置くべきとか、腕をどう回すかなどのように、体の一部にしか注意を払わないことにあります。
特定の部位だけを動かしているつもりでも、実際には、無意識のうちに頭部に、背骨に、胸に、骨盤になんらかの影響を与えており、それが習慣化してしまうと、もはやその有害な動きに気づくことはありません。
こうしたことは、少し考えるとわかると思います。
例えば、世の中には首や背骨が痛いという人がたくさんいますが、もし、その根本的な原因がどこにあるか分かったなら、きつと、その悪しき習慣を止めることでしょう。
つまり、直せないということは、その原因に気づいていないということなのです。
こうしたことは実際の踊りにも当てはまります。
タイミングが合わない、バランスを崩す、あるいは合図をミスってばかり、などということが起こり、いろいろやってみても解決しない ―― 読者の皆さんにもこうした経験はありませんか?
この「原理2」の観点からすると、それは原因を理解できていないということになります。もし原因が分かっていれば解決していてよい訳ですから、解決できないということは、解決するための情報を持っていないということに等しい訳です。
そうした解決法を知るには、やはり専門家を尋ね、自分の体に何が起きているのかを理解し、正す方法を分析してもらう必要があります。
(「ダンス――遥かに上手くなるための秘訣」第1回記事から)
…確かに問題解決に専門家を尋ねるのは一番良い方法に違いありませんが、読者の皆さん全員が東京や大阪のボディ・チャンス・スタジオ近くに住んでいる訳ではありません。
アレクサンダー・テクニークを考え出したアレクサンダー氏は自分の力で解決策を見つけた訳ですから、「記事を通して読者自身が何らかの解決方法を見つけられるようにして欲しい」などということをジェレミーさんにお願いしながら記事を進行して行ったのでした。
アレクサンダーに通い始めると私たち夫婦の会話にアレクサンダー・テクニークの話がどんどん入り込んできました。
例えば私が「電車で座席から立ち上がるとき、頭部を意識すると確かに楽に立てた!」と話すと、妻が「洗濯物を干すとき力を入れなくて良い方法を見つけた!」という風にです。
こうした自らの実験を通して、それをダンスにどう応用できるかを話し合いました。自分たちのダンスの為には勿論ですが、いかにサークルの人達を上手にできるかを、いつでも考えているのですから。
私たちの健康や精神状態は、食事によって大きく左右される ―― これにはどなたも反論しないと思いますが、この食事と健康の相関関係と同様のことが体の動きと体においてもあるということは余り知られていません。
なぜなら、私たちは基本的に動きに関する知識が殆どなく、動きの変え方を知らないからです。
食べ物の場合、その影響の仕方は容易に理解できますし、炭水化物、プロテイン、ビタミンにミネラルなどと分析も可能です。しかし、体の動きに関しては、何をどのように学べれば良いのでしょう。
腕の動きがどのように腎臓に影響しているか、なぜスランプ時は疲れるのか、あるいは、姿勢の大切さはなんとなく分かっていても、呼吸、血液循環、視力、消化、心拍数、血圧、聴力、その他、実に多くの体のシステムが神経筋肉系の緊張レベルによって大きな影響を受けている、という事実をご存知だったでしょうか?
これを、使い方が機能に影響を与えると言い替えることもできます。即ち、体調の整え方が体の他のすべてのシステムに影響を与えるということです。
でも本当にそうでしょうか。本当に、動きの質の違いが消化や呼吸、あるいは、心臓の動きに影響を及ぼしているのでしょうか?
この写真を見てください。立っているだけなのに背骨を縮め前屈みになっています。消化経路を激しく圧迫するこの姿勢が、この人の消化機能に何も影響を与えていないと思えますか?
私があなたのお腹の上に乗った方が、あなたのお腹の働きは良くなりますか? 勿論、そんなことはありません。
でも、筋肉で胸を押し下げ、腹部を圧迫するこの姿勢は、お腹の上に誰かが乗っているようなものなのです。
呼吸で考えてみましょう。
体をぎゅっと締め付ける方が肺の中に空気がたくさん入ってきますか?
この答えを探すのに大学教授に頼る必要はありません。
体が圧迫されていては深い呼吸は出来ませんから、浅い呼吸を頻繁にしなければならず、それにより、多くのエネルギーを消耗し、疲れが増します。
僅かながらも血中酸素濃度が下がるため思考能力の低下も考えられます。写真のような姿勢では、頭部、首、胸などで動脈や静脈が不必要に押さえつけられるため、心臓は必要以上に懸命に働いて血液を送り出さなくてはなりません。
こうした小さなことが積み重なると、疲れたり、精力を奪われたり、物憂い感じに襲われたりして、物事を積極的に行なうことができなくなります。
焦燥感に駆られたり、不眠に陥ったり、神経エネルギーを消耗したり、考えがまとまらなかったり、興奮で疲れ果てた感じになったり、といった別の形で体が反応することもあります。
そうしたとき、私たちは、ある種の「頑張らねば」という気持ちで頑張ってしまいます。
勿論、全員がこうした状況に陥るとは限りませんが、このちょっぴり誇張された写真によって、いかに自分の運動パターンが健康や精神状態に大きな影響を及ぼしているかを理解して頂けたことでしょう。
では、こうした3つの「動きの原理」に対する対処法はないのでしょうか?
勿論あります。ここから、アレクサンダーが発見した、頭部の動きが脊椎の運動を支配する話が始まるのです。
次回は、より素晴らしいダンスをするには「動きの原理」をどのように使うか ― そうしたことを探っていくことにしましょう。
(「ダンス――遥かに上手くなるための秘訣」第1回記事から)
昔から「姿勢が悪いと体に悪い」と言われています。ダンスが健康に良いとする医学レポートがありますが、その要因のひとつに姿勢が含まれていることは間違いなさそうです。そして、ジェレミーさんの具体的な説明を聞くと深く説得されます。それにしても、腕の動きと腎臓の関係など考えたことはありませんでした!
さて、以上がジェレミーさんの1回目の記事です。面白くなってきましたか?
新しい発見を感じながら読んでくださっている人が一人でもいるとうれしいです。翻訳している最中の私は、内容を楽しむ余裕もなく、読者に分かり易い日本語にするにはどうしたら良いか、そればかり考えていました。いかに記事の内容が素晴らしくても、翻訳が読みにくければ読んでもらえなくなるからです。
- Dance Wing Vol. 51に掲載された、この1回目の記事をPDFで通しても読むことができます。
- また、PDFでは英語の原文も紹介しています。読まれる方は最後のページから逆読みしてください。
English text available in PDF attached herewith. Read from the last page in reverse way.
(つづく)
「私とダンスとアレクサンダー・テクニークと」目次
- AT01 不思議な出会い
- AT02 潜入調査開始!
- AT03 ショッキングな体験
- AT04 筋肉を意識的に解放する
- AT05 パートナーは二人必要?
- AT06 動きの原理を知っていますか?
- AT07 あらゆる動きはどこかに影響を与えている
- AT08 原理2と3
- AT09 頭部の動きは脊椎運動を支配する
- AT10 私も魔法を手に入れました!
- AT11 良く出来たときは案外変に感じる
- AT12 頑張らなくていい
- AT13 頑張らなくていい例文
- AT14 当てにならない感覚
- AT15 7つの古典的な誤り
- AT16 自分を世界の中心に置く
- AT17 内なるダンスに向けて
- AT18 協調運動
- AT19 動的な動き
- AT20 力まないダンサー
- AT21 さあ、実験!
- AT22 背骨の可動範囲
- AT23 失われた第6感
- AT24 判断基準が自分にある危険性
- AT25 最終話 難しいのはあなたの古い習慣
- AT26 ダンサーのためのアレクサンダー・テクニーク